もちろんその理由は、そもそも核融合が諸元素や恒星の生成に見られるように長大な物理現象の必然プロセスに過ぎぬのか、あるいは強引な人工技術の粋であるのか、いまひとつ思考の軸を定め難いためであろう。
とはいえ、自然か人工かといえば、水素電子の電離と自由運動を人為的に起こして核子を(原子を)変えてしまい、そのさいのエネルギーを抽出する核融合技術こそは、もうとびっきりの人工技術の粋である。
ここのところ僕なりに再認識してみようと思い立ち、だからこそ、此度は核融合技術の超基本要件をまとめた概説本を読み進めてみることにした。
『人類の未来を変える核融合エネルギー 核融合エネルギーフォーラム・編 C&R研究所』
本書は単純明瞭にセーブされた文面がじつに読み進めやすいが、とりわけ随所に呈された簡素な図案類にこそ注目すべきであろう、簡素とはいえ学際的かつ多元的な関心や興味を続々と触発してくれる。
とはいえ、もちろん原子や核子にかかわる基礎知識は従前に必要であること、いうまでもない。
さて、此度の読書メモとしては、本書のとくに導入部分にて呈されている基本的な物理単位や関係式を引用しつつ、相応の次元とエネルギーのフェーズ合わせを図るつもりで、以下にいくつか列記してみた。
<水素・核融合>
核融合は、複数の水素同位体などに巨大なエネルギーを投入して電子を電離させ自由運動させて核子を「変え」、このさいにエネルギーを抽出する技術。
ひとつの比較例として、水素1gからどれだけのエネルギーを抽出出来るか。
水素1gを「化学的に」燃やして得られるエネルギー(水から水素1gを得るための最小エネルギーに等しい)は約1.43x105Jである。
一方で、同じ水素1gを「核融合」させて得られるエネルギーは3.38x1011Jにもなる。
核融合炉における核融合燃料として、水素同位体の実用化が図られ続けている。
とくに地球上では、重水素(D)と三重水素トリチウム(T)によってヘリウム(HE)同位体と中性子(n)が生成される核融合が最も反応しやすいため、最有望視され続けている。
(とくにDT核融合反応と称す。)
この1核子あたりの反応式は 1D2 + 1T3 → 2HE4+ 0n1
核融合反応前も反応後も、陽子の総数は2であり、中性子の総数(質量数-陽子数)は3である。
さて、これを原子量(アボガドロ数あたり総質量)でみると、反応前の重水素(D)のは2.141g、三重水素(T)の原子量は3.0160g、合わせると5.0301gとなる、が、反応後のヘリウム(HE)は4.0026g、中性子(n)が1.0086gであり、合わせると5.0112gにしかならず、反応後の質量は反応前より0.4%ほど軽くなったことになる。
この「欠損分」が、ここでの核融合反応によって運動エネルギーに変換されたことになり、1.7x1012J に相当。
これを電位差1Voltあたりの電子の運動エネルギー(つまり電子ボルト)1.6x10-19J≒1eV で換算すると1.06x1025MeV となり、あらためてアボガドロ数で割れば1回あたり17.6MeVがここでの核融合反応で運動エネルギーに変換されたことになる。
(さらに内訳として、ヘリウム(HE)では3.5MeV, 中性子(n)では14.1MeVとなる。)
<電離・プラズマ>
上に挙げた重水素と三重水素のDT核融合反応をはじめ、核融合反応を継続させるためには、構成粒子の「平均的な運動エネルギー」を増して相互の正面衝突の機会を増やし、一部の電子を原子核のクーロン力をふりきって「電離」させ、こうして電子とイオンの荷電粒子をつくらなければならない。
(ここで投入すべき必要最小のエネルギーが「電離エネルギー」)。
Dビーム(重水素ビームの意か)をぶつければその一瞬だけ荷電粒子と中性粒子に電離しうるが、ビームは直線的にしか働かず、一方でそれら粒子は瞬時に軌道を変えてしまうので(クーロン散乱を起こすので)、電離がすぐに終わってしまう。
一方で、一定以上の超高温が維持されていればそれら粒子がクーロン力を超越して正面衝突し続けるので、荷電粒子が出来る割合と再結合して元の中性粒子に戻る割合がうまく釣り合い、両者が一定の割合で電離し続ける状態を継続できる。
この状態がプラズマである。
そもそも、或る物質の構成粒子による運動エネルギーE(J)と粒子の質量M(kg)と速さv(m/s)の関係は
E = (1/2)Mv2
かつ、エネルギーE(J)と絶対温度T(K)を結びつける「ボルツマン定数kB」が
kB=1.38 x 10-23(J/K)
すると、これら1粒子あたりの平均の運動エネルギーE(J)と絶対温度T(K)の関係はそれぞれ(1/2)kBTであり、これが3次元方向に運動するので E = (3/2)kBT とまとめられる。
同じ密度の物質であれば、高温になればなるほど電離度合いも高くなる。
また、荷電粒子とイオンが再結合で中性粒子に戻る場合でも、他の原子と結合しやすい「ラジカル」な中性粒子状態となる場合もある。
核融合炉が物理的に成立し機能するためには、「核融合炉で発生するエネルギー」が「プラズマから損失するエネルギー」よりも常に大きくなければならない。
DT核融合反応であれば、プラズマ状態にて、反応断面積あたりの核融合発生確率は摂氏5億度までは高温に応じて大きくなる。
また、これに核融合反応1回あたりの発生エネルギーを掛けて発生パワーとすると、これは構成粒子の密度の2乗に比例して大きくなる ─ とくにDT核融合反応であれば重水素と三重水素の比率を同じにしたさいにこの発生パワーが最大となる。
だが一方では、このプラズマ自体から熱エネルギーが常に放射され損失し続けており、それぞれの損失パワーはプラズマの温度と密度に応じて大きくなりつつ、プラズマがこの熱エネルギーを閉じ込め続けておく時間には反比例する。
核融合炉においてプラズマ状態を維持するためには、摂氏1億度(電子温度でいえば10keV)を維持する必要があり、いまだ完全な実現には至っていないが、瞬時の温度であれば既に約5億度の達成実績がある
また、ヨリ電離度の高いプラズマ生成のために、電気(高電圧)と電場を活かして電子を高速に加速し電流を起こす(放電させる)方法もある ─ じっさいに雷もまた蛍光灯も放電プラズマである。
<燃料物質および排出物>
重水素は海水中にあり、海水のわずか0.0158%を占めるに過ぎないが、硫化水素を用いれば効率よく海水から採取出来る。
利用可能とされる重水素の総質量は約50兆トンもあり、これを核融合の燃料に有効に活かすとすると地球の寿命よりも長くもつ。
三重水素は、リチウムを原料とし、核融合反応で得られる中性子の大部分を活用して核融合炉内で生成出来、一方でリチウムは海水中から採取出来る。
ヘリウムには放射能も毒性も無く、また、核融合炉が実用化された場合に排出されうるヘリウムの量(1台あたりで100kg~200kg程度予想)をすべて合わせても、全世界ヘリウム生産量の0.0007%にすぎない。
なお、リチウムを原料に三重水素を生成する中性子の一部は核融合反応容器に吸収されて放射性物質をつくるが、ここでの放射能は核分裂原発と比しても遥かに速く減衰するので、対人毒性はほとんど問題にはなりえない。
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以上が、重水素と三重水素から起こすDT核融合反応、その導入編。
もちろん核融合反応の組み合わせはこれに留まらず、軽水素を用いるもの、重水素同士を用いるもの、リチウムを起用するものなどなど、いくつか併せて研究や検証が進められているようである。
その上で、核子ごとの結合エネルギー大小とエネルギー入出力の収支はもとより、電離実現のためのプラズマと装置まわりの諸技術(トカマク型炉とヘリカル型炉などなど)、本分野はまこと学際的な科学技術論としてさまざまなアプローチを堪能しえよう。
ともあれ本書はこんごとも書棚の目の付く場所に控えおきたい一冊である。
おわり