2022/02/05

【読書メモ】 脳と人工知能をつないだら…

人間は人体としては自然物であるが、さまざまな’マテリアル’を「外部」に創造し、それら外部マテリアルと合力しながらさまざまな物理運動を起こすことが出来る。
物理運動どころか、それらとの複雑な信号同期によって数学や言語などの思考活動を高速化させることさえも出来る。
では、さまざまなマテリアルを人体の「内部」に取り込んだら? ─ しかも物理運動や化学反応のレイヤに留まらず、思考活動のプロパティとして脳神経細胞とコンピュータを直接接続したら、いったい何が出来る(ことになる)だろうか??
かかる関心さらに疑念はおそらく多くの人々が抱き続けていよう、そう察しつつ手にした一冊が本書である

【脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか
池谷裕二  紺野大地 / 講談社

書名にては’人工知能’と銘打たれつつも、じっさいに読み進めてみれば本書コンテンツのほとんどは脳神経細胞への情報入出力による知覚能力拡大の事例集、それらを平易な文面でまとめたテクニカルダイジェスト本であろうと見当はつく…。
いや、そんなに簡単に片付く代物では断じてない!本書コンテンツにて続々紹介されるさまざまな技術論は、却って事実関係を超えた根元的な論題(そもそも論)を触発してやまぬ!

・いったい、我々の脳神経細胞に入出力される’情報’とはなにか?あくまでも電圧刺激と弁えるべきか、いや、電磁プログラムコマンドとして同期共有さるべきものか、いや、もっと上位の数学や言語などの思考秩序プロパティなのか。
・そして、脳神経細胞が補強され増幅されることによって生じうる新たな’能力’とはなにか’?数理上の情報処理能力か、物理上の運動能力まで拡張されるのか。
・これらを新規に付与された脳神経細胞は、直前までのそれらとは別物になってしまうのか、そういう処理を施された人間はそれでもまだ自律的な人間といえようか。
・そもそも或る個人にとっての’外部環境’は何らかの自然物であるとしても、'外部情報'は別の個人があらかじめ準備しておいたものであるはず、ではもともと誰が(なにが)準備したものか、コマンドプログラムは、数学や言語は…

’情報’、’環境’、そして’能力’ ─ どれもこれも、本書の頁を捲るたびに寧ろ多元的な疑念を読者に喚起し続けうる重大な論題なのである。

さて、さまざまな知的洞察や想像力は本書読後の皆々様に存分に発動頂くとして、とりあえず此度の【読書メモ】ブログとしては本書コンテンツそのものをちらりと要約しおくこととしよう。
とりわけ触発性の高い箇所は第3章『脳とAI融合の未来』であろうと僕なりに察し、だから本書第3章に絞って僕なりに以下に記す。




<脳の能力開発と潜在能力の模索>
本著者の名を冠した『池谷 脳AI融合プロジェクト』の事例 ─ 脳チップ移植、脳AI移植、インターネット脳、脳-脳融合。
※ なお、これらにおける人工知能の役回りについては本文のみではやや想像しがたいところあり、若干の斟酌必要。


① 脳チップ移植
或る個人の脳にコンピュータチップを移植し、そのチップを介して、本来その個人が感知出来ない外的環境情報(地磁気など)や自身の生体情報(血圧変化など)を入力、これらをその個人自身の知覚情報たらしめるもの。

地磁気を感知していないネズミの脳の複数の部位に、地磁気情報のチップを埋め込むと、これによる電気刺激によってこのネズミは脳において地磁気を感受し、地磁気に応じて行動することが出来るようになる ─ と既に実証されている。
これをさまざま応用し、人間にまで適用すれば、例えば赤外線情報のチップ、紫外線情報のチップ、X線情報のチップを移植することによって、その個人は赤外線や紫外線やX線を脳において見ていることになる ─ と想定されている。


⓶ 脳AI融合
或る個人の脳内の情報をいったん人工知能に出力し、これを人工知能が分析、それらを同じ個人の脳にフィードバックして脳の情報知覚力を拡張するもの。

或るネズミが人間の英語とスペイン語それぞれの音声振動パターンを別個に聞き分けるよう、操作が試みられ続けている。
ここでこのネズミに両言語を聞かせつつ、このネズミの大脳皮質における一次聴覚野における脳波を、別個に人工知能で高確率で判別させる。
ここで判別された両言語の音声振動パターンを、あらためて電気信号としてこのネズミの一次聴覚野にフィードバック入力すると、このネズミは’自律的’にこれら両言語の音声振動パターンを判別できるようになる ─ と予想されている。

この成果を人間に適用すれば、人間自身がこれまで脳において僅かしか活用していなかった潜在的な情報認識能力や情報判別能力をさまざま補強することが可能となるであろう。


③ インターネット脳
或る個人の脳をインターネット/電子デバイス類と連動させ、脳活動と電磁気入出力をシームレスに接続するもの。

ネズミを或る部屋内におき、2つのボタン押下を選択させ、ひとつのボタンはこの部屋を明るくするものでありもうひとつのボタンは部屋を暗くするものであるとパターン学習させる。
このネズミの脳内における活動情報を人工知能に読み込ませ、それからあらためてこれら情報をこのネズミにフィードバックする。
ここで、このネズミとこの部屋のファシリティを何らかの方法でICT連結すると、このネズミが脳内において部屋を明るく/暗くしたいと「脳内で念じる」だけで、本当に部屋が明るく/暗くなるように…?? と期待されている。


④ 脳-脳結合
複数個人の脳における情報を、人工知能を介して連結し、コミュニケーション規模拡大によって同じ複数個人間にて情報量を増やしつつ共有するもの。

アメリカの或る実験室におけるネズミの脳波を、インターネット介してブラジルの或る実験室にいるネズミの脳に直接送信し、刺激を加えると、このブラジルネズミはアメリカネズミの脳波を「知る」ことが出来た。
それどころか、複数のネズミの脳を0/1で(電圧?)刺激させつつ、これらネズミをいわばそれぞれ電子素子と見做して連結させ、全体をコンピュータとして駆動させることにより、画像認識や天気予報にかかる演算処理が可能であることも分かっている。
脳-脳結合によって成る生体コンピュータ(biological computer)といえる。

尤も、在来型のコンピュータと比べてこれら生体コンピュータの情報処理能力はまだまだ劣っている。


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<脳情報の読み取りと、脳への情報書き込み 現時点での留意点>
脳への情報アクセス手段としては、電気、磁気、超音波振動、光 が試み続けられている。
これら手段は、空間分解能における精度、時間分解能における精度、そして脳への侵襲(物理上の接触)度合い に則って妥当性/是非が判断されるべきである。

① 脳情報の読み取り
非侵襲型の(脳に直接接触しない)方式を採った脳活動記録デバイスが、アメリカのヴェンチャー企業によって既に開発済みである。
脳の電気的活動による磁場を測定記録するものがあり、また脳内血流の動態を近赤外分光法によって測定するものもある。
これらは軽量で携行可能ゆえ、特定専門機関による設備に留まらず広く普及が目されている。


⓶ 脳への情報書き込み
こちらはどうしても大脳皮質や海馬における神経細胞を刺激することになり、部位の精度も安全性も極力尊重されなければならない。
とりわけ空間分解能と時間分解能における精度を(電磁気活用以上に)向上させる手段として、超音波振動によるものと「光遺伝学」を活かしたものがある。

超音波振動を活かしたものとしては、たとえば2万kHz以上の高周波を当てることによって、電気よりも非侵襲的にかつ数ミリmのオーダーで脳のごく特定の領域部位を刺激が可能 ─ なはずである。
しかしこの振動の方位精度は必ずしも信頼されているわけではない。

また光遺伝学を活かしたものとしては、なんと光照射によって特定の神経細胞に’遺伝子改変操作’を加え、’新たなタンパク分子’を発現させつつ、これに光を当てるたびにそれら脳神経細ひとつひとつをミリ秒単位で操作可能なもの。
空間分解能と時間分解能ともに極めて優れていることになる。
ただし、現時点ではそもそも光の入射そのもののために脳に光ファイバを直接差し込む操作がどうしても必要となり、また、もともとその個人が有さない神経細胞を遺伝子改変で新たに作るため、これら含め合わせればむしろ極めて侵襲的な操作ともいえる。


ともあれ、脳への情報書き込みのごく最近の研究では、ある個人の視覚皮質を電気刺激したことによってその個人のアルファベット認識能力が向上しており、これは非言語「イメージ」の外部入力/直接伝送を可能とした実例である。

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以上 学術素人の僕なりにほんの一端ながら要約してみた。
本書ではこれらに続き、我々人類がおのれの脳の物理的かつ数理的な限界を「脳そのものにおいて」超越するとしたら、何が為されることになるのか、そこで人工知能やビッグデータとどう協調することになるのか、さらに、それらが我々自身にとっていったい何を「意味」するのか、などなど深淵な論旨も添えられている。

あらためて繰り返すが、本書は平易な技術案内本に留めるべきものでは断じてあらず、むしろ本書をきっかけに人智そのもののとてつもないパラダイム転換をさまざま考察深めてゆくべきであろう。

(おわり)