2022/05/16

【読書メモ】 思考実験

『思考実験 科学が生まれるとき 榛葉豊 講談社Blue Backs
本書は科学史上の主要な仮説/推論およびそれらの真理性判定につき続々と紹介してゆくもの、とりわけニュートン(ライプニッツ)あたりから量子力学論までにかかる物理学上の諸事例「概説」が大半である。
また一方では人間の意思決定そのもののにおける論理上の妥当性も論っている。
あくまで概説本ゆえ、用語表現は総じてやや省略的に留め置かれており、しかもヨリ根元的な理知ターム(たとえば'法則'、'公理'、'原理'などなど)について確定的な定論がおかれていないため、読者としては寧ろ大意を大胆にかつ積極的に了察しつつどんどん読む抜いてゆきたい。
じっさい科学史上の新規仮説とそれら真偽判定プロセスにて垣間見られる仰天級の発想力に、我々一般読者はしばしば驚嘆させられることになろう。

それでは以下に、僕なりの要約と雑記を此度の読書メモとして記す。(本書の特性からして章立てに拘る必要ないので、あくまで思いつきの抜粋メモである。)



【推論の基本・仮説演繹法・思考実験】
人間は、さまざまな現象を観察し、その原因と因果を仮説化し、更なる生起現象の予測も為しつつ、この仮説を検証し続ける ─ とする。
この一連の思考活動が「推論」

「推論」組み立ての典型は、科学哲学者のウィリアム・ヒューエルらによって定式化された「仮説演繹法」。
この仮説演繹法のプロセスフローを段階分けすると、以下の(0)~(2)を繰り返していることになる。

(0)  「或る複数の事実(観察)」+「複数の原因(推定)」→「何らかの法則(発見)」
こうしてまず新たな「仮説」を生成、ここで発動される推論テクニックが「帰納法(induction)」。
尤もこれだけであらゆる仮説化が完全無欠になされることにはならない。

(0´) 「一般法則」+「特定の事実(観察)」→「特定の原因」
これは(0)での仮説化を補強するための「仮説形成推論(abduction)」であり、論理学者パースによって提唱始まった推論テクニック。
これでもあらゆる仮説を全称命題化するまではいかぬにせよ、ベイズ定理に拠るように確率命題化することは出来る。

(1) 「特定の原因」+「何らかの法則」→「特定の事実生起(予測)」
ここまでで打ち立てられた「仮説」をもとに、更に生起する事実を予測、ここで発動される推論テクニックが「演繹法(deduction)」。

(2) 「特定の事実生起(予測)」と当初の「複数の事実(観察)」を比較検証
この比較検証にてもし両者が一致すれば、ここまで推論してきた「仮説」は十分な考察対象たりうる。
もし不一致ならば、ここまでの推論「仮説」は修正されるか或いは別物が生成されるべきである。

かくて 新たな (0) へ。


さて、以上の仮説演繹法プロセスフロー(0)~(2)においては、「頭の中だけで」こなしている演繹が有り、それが以下の2つ
<1> 仮説からの演繹 仮説生成によって生起現象を予測する演繹
<2> 操作法的な演繹 何らかの法則の帰納における、実験・観察結果の演繹
これら2つを「頭の中だけで」比較検証する、これが『思考実験』

※ この『思考実験』の定義こそは本書一貫した主題であろうが、かつまた最大の難所でもあり、もしかしたら僕なりにどこか勘違い有るかもしれぬが、まあ大筋はそれほど間違いでもなかろうと察しつつ、以下に『思考実験』の実例を抜粋略記しておく。


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【思考実験の実例 (本書の第3章以降より、ちょっとだけ抜粋略記

<ニュートンのバケツ>
天からバケツが鉛直に吊られており、このバケツの中に水が入っているとする。
このバケツを地面水平にグルグルと捩じり続けると、中の水は遠心力(張力)によってやはりグルグル回りつつ、バケツ回転の速さに応じて水の縁の水位が上がりバケツの側に近づく。
また、このバケツ回転がやがて静止に向かうと、中の水の運動も静止していく。
このバケツ回転運動と水回転運動における遠心力(張力)は、ニュートンが主張するようにこの宇宙に「絶対空間」が実在してこそ起こるものか?
或いは、ライプニッツが主張するようにあくまでもバケツと水の「相対運動」として起こっているのか?

ここで、ニュートンによる仮説
『絶対空間はホントは実在せず、(ライプニッツ主張のように)相対運動説が正しいとする』
ここでの思考実験は;
<1> 仮説からの演繹: バケツと中の水がともに静止している場合、この両者は相対的に静止の関係にあり、遠心力(張力)は働かないはず。
<2> 操作法的な演繹: バケツと中の水が同じ速度で回転している場合でも、やはり両者は相対的に静止の関係にあるといえる、が、この水の縁はバケツの側にまで盛り上がり、つまり遠心力(張力)を確認出来る。

これら思考実験<1>と<2>の演繹結果は一致していない。
ということは、(ライプニッツ主張の)相対運動説は誤りである。

尤も、ここまでのニュートンの思考実験は、やはりこの宇宙には絶対空間が在るはずだと再認識しているに過ぎず、全宇宙の物理運動の説明にはなっていない。
実際には遠心力(張力)は物体の慣性に起因、そして慣性は質量の大きさに比例し、この物体の回転運動に際しては慣性モーメント量に拠る。

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<マッハの’宇宙バケツ'>
科学史にて最初に『思考実験』というタームを起用したマッハは、上に挙げたニュートンのバケツを大胆に設定変更した。
’全宇宙サイズ’の巨大バケツを想定、これが吊られており、この中に水が在るとする。
この宇宙大のバケツが(ニュートンのバケツ同様に)グルグル回転運動すると…?
そして、この宇宙大のバケツと中の水が同じ速度に至ると…?

ここで、マッハによる仮説
『やっぱり相対運動説は正しいとする』
ここでの思考実験は;
<1> 仮説からの演繹: 宇宙大バケツの回転を「相対的に捉えれば」中の水のみが回転していることでもあるので遠心力(張力)が起こり、また「相対的に静止」していれば水面は平らになる。
<2> 操作法的な演繹: 宇宙大バケツを回転させると、この水の縁はこのバケツの縁までせり上がる(だろう)。

これら思考実験<1>と<2>の演繹結果は一致する。
だから「相対運動説はやはり正しい」。

かかるマッハの想定にては、全宇宙の物質の質量分布が(ニュートン以来の絶対空間としての条件から)水を引き摺って慣性力→遠心力を発生させているとしている。
ここから、「或る物体にはそれ以外の全ての物体との’関係性’が影響する」とした『マッハの原理』がおこり、これは遠心力つまり回転運動のみならず、観察難しい並進運動においても通用する原理だと…そしてアインシュタインへ。


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<アインシュタインによる等価原理~一般相対性理論>
自由落下するエレベータの中に居る人と彼の掌中のリンゴの位置関係から。

仮説a. 「運動による加速と重力による加速は等価になる」
ここでの思考実験は;
<1> 仮説からの演繹: 自由落下するエレベータの「中は」相対的に重力加速度の働かない無重力空間ゆえ、このエレベータ内の人と彼の掌中のリンゴの相対的な位置関係は変わらない。
<2> 操作法的な演繹: ニュートン力学上の法則に則れば、慣性質量と重力質量は同値となるはず、だからこのエレベータの中の人と掌中のリンゴは運動軌跡が全く同じになる。

これら思考実験<1>と<2>の演繹結果は一致していると言えるので、もとの仮説a「運動による加速と重力による加速は等価になる」には真理性がある。
かくして、慣性質量と重力質量がなぜ一致するのか理由付けがなされ、’等価原理’の確立へ。


次に、'無重力空間'においてエレベータが或る方向に'等加速度運動'してゆく場合。
仮説b. 「運動による加速と重力による加速は区別出来ない
ここでの思考実験は;
<1> 仮説からの演繹: さっきの等価原理に則り、エレベータの「中の人」は自身を圧し続ける床の加速度と重力加速度と区別できない。
<2> 操作法的な演繹: ニュートン力学上の法則に則れば、エレベータの「中の人」は慣性によってある位置に留まり続けるが、彼を圧し続ける床が加速度運動しているので、彼は重力加速度を覚え続けることになる。この運動は重力による運動を同じ軌跡を描く。

これら思考実験<1>と<2>の演繹結果はエレベータの「中の人」にとって同じものであるので、ここでの仮説bは真理である。
こうして、等価原理から一般相対性理論へと…。

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以上、如何であろうか。
あくまでも僕なりにざっと読んだ上でのほんの僅かな雑記メモ、しかも本書は概括的な文面に留められているため、もしかしたら若干は僕自身の認識違いなどが含まれてもいようが、精密な仮説/推論の展開および事実関係については理科ファンの野心と見識に委ねたい。

なお面倒なので此度は紹介回避したが、本書にては量子物理学におけるさまざまな仮説/推論もなかなか興味を掻き立てる ─ そしてむしろ量子の不確定性原理や物理(数理)上の実在論などなどの’解釈論(争)においてこそ、思考実験の醍醐味も楽しめよう。
チューリングテストなどなども同様である。

ともかくも、本書には有名な仮説/推論上の論題から意外な飛躍思考まで続々ワンサカと載っており、それらを垣間見るだけでも科学上の着想力や人間の論理思考の面白さを再認識できよう。
(こういうところから、またまた掌編をちらほらと思いついてしまうんだあははははは)