2023/05/25

【読書メモ】 無限とはなんだろう

そもそもあらゆる物理上の実体は、宇宙全体の物質量であろうがエネルギー量であろうが、今の時点では有限量にすぎないことになっている。
地球も、日本の国土領域も、水も鉱物も食料も我々の人体も脳神経も、有限の元素物質から成っている。
だからこそ、無制限の共生も無制限の再生可能なんとかも無制限の混血もLGBTも許容出来っこない。
なるほど通貨は論理表象だから無限に増大しうるであろう、それでもいつかどこかで必ず有限の実体に還元される。

こんな具合に、人間はどうやっても有限の実体から逸脱することは出来ず、だからやむなく多数決や議会がおかれ、随時随所の有限合意(および離反)をあちらこちらで続けていくしかない。

いま通貨についてちらっと書いたが、通貨よりも遥かに’普遍的’な観念がある。
それが「数そのもの」である。
「数そのもの」は論理上の表象でありつつも、物理上の実体量もまた表象している。
そもそもだ、あらゆる実体量は有限なのに、「数そのものの個数」は無限にあることになっている ─ と捉えてみれば、これは不思議なことだ。
ここで『実体の有限性と「数の個数」の無限性』の非対称の不思議を考えるのも面白いが、それはまた別稿にて。

ともかくも此度は、「数の個数」の無限性について考えてみようと、ちょっと一冊とりあげてみた。
『無限とはなんだろう 玉野研一 講談社Blue Backs
新書版の単行本とはいえ、どこまでも数学本であり、やっぱり難しい!
理科や社会科とはケタ違いの思考難度だ。
思考ステップが込み入っているから難解なのではない、むしろ、表象を表象でふわ~んパタパタと操作してゆくその悪魔的な融通無碍さこそが数学の難しさ(憎らしさ)なのである。

本書は紙面上の制約からか、数学上の定理と、或る命題と、それら命題における仮定および証明、これらが凝縮的に(?)入り組んだ文脈構成と成っており、だから高校数学から大学数学あたりの学識十分な学生などが速読するくらいで丁度よかろう。
しかも、これはさまざまな数学本に見られることだが、文面の読点の降りかたがしばしば論理的に読み取り難く、だからなおさらのこと、相応以上の数学の学識がなければ本書の論旨捕捉は困難であろう。

とりあえず此度の【読書メモ】にては、僕なりにも若干は追随出来た本書第3章『極限という考え方』につき、ほんの一端を以下にまとめてみた。
※ なお、本ブログフォーマットではlimΣなどの数式そのものは入力出来ぬので、テキスト平打ちとしおきた。




ε-n論法・収束>

例1: lim[n→∞]  1/n = 0
高校数学にては、nがどんどん大きくなるのだから、1/nが0に収束するのは当然」と捉える。
ここでは、nが限りなく無限に近づいていくとの論理が働いている。

しかし、’限りなく’との無限論理を回避する収束表現もあり、それがε-n論法。
ε-n論法とは;
任意の正の数εに対し、なんらかの1つの番号mを決める。
n≧m を満たす任意のn に対して |an-a| <ε となれば、数列{an}がaに収束するものとする。
このとき、lim[n→∞]  an  = a とまとめて表現できる。

このε-n論法に則って、あらためて上の例1における lim[n→∞]  1/n = 0 を捉えなおすと;
任意の正の数εが与えられたとする。
なお、1/n は正なので、|an|<ε  だから 1/n <ε つまり n> 1/ε である。
n> 1/ε  を満たすなんらかのnの1つをmとする。
n≧m を満たす任意のに対して |an-0| = 1/n1/mε 、すなわち |an|<ε となるので、anは0に収束する。
ここで n1/ε を満たす、つまり極限までの距離εにおける最小のnをなんらかの数mとすれば、anのaへの近似度合いに応じたnの程度をこのmによって効率的に決定できることになる。


さらに、今度は例2として、lim[n→∞]  (6n+1)/(2n-1) =3  をε-n論法で証明する。
an-a =  (6n+1)/(2n-1) -3 = 4/ (2n-1)
この 4/ (2n-1) が正であることより、|an-a|<ε は 4/ (2n-1) <ε  と書き換えられ、
これを変形すると 4 < ε(2n-1) ゆえに 2εn > 4+ε
したがって、|an-a| <ε を以てanがaに収束することとなり、その場合 n> 2/ε + 1/2
極限までの距離εにおける最小のnとしてのなんらかのm、この n> 2/ε + 1/2 を満たせばよく、そして手っ取り早く最小値とみなすことも出来る。


こうしてみると、例1の数式と比べて例2の数式の方が、極限までの距離εの最小n(そしてなんらかのm)の数値情報が多く必要。
このようにε-n論法に則れば、さまざまな極限数式において極限値までの距離精度や産出効率を比較検証することができる。


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ε-n論法の起用メリットが更に顕著となる例。

項数が一定数k個の数列のケース、これは単純である。
lim[n→∞]  (a1, n + a2, n + …  + ak, n)
=  lim[n→∞] a1, n  +  lim[n→∞] a2, n + …  + lim[n→∞] ak, n

しかし、項数が α個 としてどんどん増えていく数列では、「限りなく・無限に」の高校数学論法では証明が出来ない。

lim[n→∞]  an  = α ならば
lim[n→∞]  (a1 + a2 + … + an) / n   はどういう値となるか?
一般項をbnとすると、なるほど項はどんどん増えていく。
b1 = a1 /1
b2 = a1 /2 + a2 /2
bn  = (a1 + … an) /n  =   a1 /n + … a/n

そこで、まずは α=0 における特殊ケースとして以下の単純な 定理1´ によって値を決定させる。
lim[n→∞]  an  = 0 ならば
lim[n→∞]  (a1 + a2 + … + an) / n   = 0
この 定理1´ にて「和」として現れる数を、楯列および横行として表に記してみる。

まず楯列にて、an/1, an/2, an/3 …と並べてみれば、これらanは一定不変であるので和は0に収束する。
また横行にては、暫定的に一定数mを以て a1/m, a2/m, a3/m …と並べてみる。
ここで、もともと数列{an0に収束すること自明だが、
では数列{an, m}としては収束するか?
さらに数列{bn}は収束するか?
……

※ ここから先が僕にはついていけないところ。
数学勘の働く人は本書p.65以降におけるさまざまな図表を是非とも一瞥して欲しい。
とまれ、本書にてはこのように論証が進み、定理1´ が証明される。
そして、ヨリ一般普遍形としての 定理1 の証明へと続いていく。

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以上が本書第3章『極限という考え方』のほんの導入箇所である。
同章ではさらに、条件収束にかかるリーマンの定理、無限/有限のテーラー展開、ロビンソンによる趙準(ノンスタンダード)解析の紹介などなどが続く。

さらに第4章『届かない点』にては、無限遠点の論考から始まり、ポアンカレらによる非ユークリッド幾何の論証まで図案がふんだん、これらは幾何数学の未来像を少なからず誘いうるものであろう。
また第6章はささやかな小稿には留められているものの、ゲーデルの不完全性定理に触れており、さらにバナッハとタルスキーによるパラドックスと選択公理論は記述は僅かながらも知的触発はバツグンだ。

なお、本書はもともと2004年に刊行のものを改訂して先ごろ新書版出版された由ではあるが、数学論に古いも新しいもあるまい、捉えようによっては数学は常にどこかに新しさが横たわり更に飛び回っているもの。
だから、数学ファンを自称し自認している若手社会人の皆さんも、数学好きで学校嫌いの素敵な大学生や高校生諸君も、ちょっと深呼吸して本書に挑んでみることを薦めておく。

え?俺?俺はダメだよ、高校の時分からこっち、数学とは相性が悪いんだよ、上にも記したように「実体量の有限性」と「数の個数の無限性」の非対称についてどうにも思考上の折り合いをつけかねており、そんなだから数学思考がどこかで止まってしまうんだ。


以上