2012/05/27

学校や予備校が何故か教えてくれない世界史


世界史科の教科書や参考書を読めば読むほど、「訳のわからない疑問」 が湧いてくるもの。
もちろん学校のみならず、これに徹底的に基づいて教育をしている予備校でも、同じ。
おそらく、世界史は如何なる事実でも必ず「以下のステップ」で発生した、と考えないと説明出来ない。

(1) いつでも、どこでも、新規の農業や畜産や漁業、その技術ノウハウうやスキルが生まれ、土地や海洋の発見・開発も進む
(2) そこで交易市場が拡大し、余剰が生まれた地域では技術が収斂して産業となり、言語や通貨の専門化や効率化も進む
(3) そうなって、初めて社会や地域間に経済力の格差が生じ、所有と権利(法)と課税の闘争が生じる
(4) それがついに人種や民族の正当性の闘争、さらには戦争まで発展し、どこかで双方が諦めて条約となる
(5) 以上の合間に、時々文化人が現実を賞揚したり慨嘆したり理論化したり、絵画や音楽を残したり、更に新しい信仰がおこる。

大学入試の世界史出題をみると、たまに、「ああ、いい問題を出しているなぁ」 と感心させられるものも確かにある。
(1)→(2)および(5) もしくは (2)→(3)および(5) あるいは (3)→(4)および(5) 
…という具合に事実の因果を踏まえた出題が良問じゃないかと思っている。
ここに具体的な用語をちりばめたり、それを空所補充させたりして、うまくまとめあげるよう受験生にチャレンジしたりして。
いわゆる難関校ほど、そうなっている。
それで学習分量が増えて困る、というのなら、中国大陸の諸文明の歴史を一気に類型化し、唐王朝以前は割愛すればいいんじゃないの?
だって、同じように長く広域に亘る国家民族として、イラン系、アラブ系、トルコ系やドイツ系の歴史記述なんか、明らかに少ないよ。

ともかくも、「訳の分からないこと」 について以下のように僕なりに 「思いつくまま」 挙げてみる。

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------

・人口が増えると、商材取引の市場が拡大し、機会や情報や勉強量や経験量が増えるから産業が発展し、総じて経済が発展する、と一見思われる。
しかしながら人口の巨大な民族/国家がすべて経済力で世界トップ級というわけではない。
なぜか?
そもそも人口の多寡と産業力と経済発展の関係について、一貫した説明がどんな学問にもないように思われる。
なるほど、人が少ないから発展しない、という市場や産業もあるだろうが、人が多過ぎるからこそ発展しないという政策論理だってあるだろう(で、なかったら人減らしなど起こるはずがない。)
いずれにしても、人口の多寡こそは人類の歴史を決定する根幹要因そのものではないかと思われるのだが、どうしてこういう 「問題提起」 をしないのか?

・現行の世界史科ではほとんどが実質的には 「政策史」 であって、つまり民間の市場に国家権力がどのように絡んできたかの歴史となっている。
であれば、まず民間市場ありき、というのストーリーが自然なはずなのだが、どうして民間市場(や企業)についての歴史を徹底的にオミットしたがるのか?
これではとりわけ欧米の歴史を説明出来るわけがない。 

・世界史が派手に動いた時代は、大抵デフレ局面にあった。
まず、インフレについての説明は、比較的簡単で、「何かが不足した」ために市場と産業と経済における「調達競争」とそれに伴う「信用(期待)」が過熱し、通貨価値が下がり…
それが過度になるとついていけなくなる主体が増え、社会そのものが維持出来なくなり、で、破綻する ─ といえばよい。
ところが、問題はデフレであって、これは文明においてカネの蓄積者が率先して安穏と停滞に向かわせる「財の超過」 「カネ余り」 「信用崩壊(放棄)」 「不況」 なのだが、その循環を世界史科ではほとんど説明していない。
政治経済科などでは、○○の一つ覚えみたいに 「在庫が超過すれば、デフレです」 などと教えているが、ふざけんじゃないよって。
どんな財でもサービスでも、完成した瞬間から客先に引き渡されるまでは在庫なのである。
だから、在庫が超過であるという状況説明は現象面の暫定的な描写に過ぎず、過程や傾向の説明にはならない。

なるほど、何らかの理由で市場がどんどん縮小し、だからしばしば戦争をして無理矢理に景気づけをすることになる…地理上の発見もピラミッドも征服活動もニューディールも大戦争も景気回復のための大事業であった
…などと大まかに類推するのが普通の社会人で、学校教師連中よりはまだまともな市場経済感覚を持っているといえよう。

しかしながら…世界史という学問領域はどこまでも世界や社会の 「連続性を説明」 しなければならない!
つまりは、インフレ~デフレの景気循環と歴史的事実について動的に明らかにしなければならない。
ましてや、僕もそうだが、インフレの経験も記憶もない人間にとってはデフレ経済こそが現実=人生観そのものになりかねない。
ゆえに、現代の世界史科では、とりわけデフレの要因と経緯と顛末を動的に=歴史的に説明しなければならない。
そういうことは政治経済科に任せればよい…というのはちょっと無責任な見識だと思うし、また政治経済科でデフレをちゃんと説明するのであれば世界史の知識は不可避じゃないのですか?

・16世紀はじめのルカ=パチョーリによる複式簿記こそは人類史における最大の発明のひとつ、一般見識では通説とすらされているのに、世界史科では一般に触れられていない。
これでは、なぜ経済運営システムが欧米内部では正当化が進んでいったのか、なぜ巨大な投資への信頼が高まっていった、そしてなぜ非欧米世界がしばしば騙され搾取されたのか、ちゃんと説明出来ない。
しかも一方では、中国諸王朝の課税だの土地制度だのには恐ろしく細かい知識が課され、かつ、苛烈な課税制度にも中国人民は負けていないぞ、という文脈である。
いったい、何を教育しようとしているのかさっぱり理解出来ないし、何か意図があるのかすら分からない。
どうなっているのだろうか。 

・ストア学、アリストテレス、儒学、仏教、キリスト教、スコラ学、イスラームなどなどの思潮は、現代の科学技術と連環させてこそ意味のあるもの。
特に、近代以降の帰納法と演繹法について ─
たとえば前者は山岳系や海洋系の文明に適した着想で 「具体的な結果をまず出せば過程はあとで検証出来る」 という、いわば農業や鉱工業や商業に向いたロジックじゃないか。
一方で演繹法は、平原移動系の文明に適したカネの配分や課税、法律など 「まず数学的な真理がありきで、その真理の応用が現実となっていく」 という着想のもとなのでは?
中央集権や社会主義や唯物論とはどう関るのか?

このように(たとえばですよ)帰納法と演繹法については分類し易く、往々にして産業や職能についての分析でも準拠しやすいものかと思われる。
実際に、日本の産業は帰納法=経験論の着想に基づき、まずはやってみろ、数学と法律は後回しでよい、と言えば強くなるのでは?
(もちろん、それだからしばしば理念を無視して大失敗することもありうるのだが。)
ともあれ、どうして思想や哲学と現実とを世界史科ではつなげて教えないのだろうか?なんのための「文化史」なのだろうか?

・なぜ原子力が産業エネルギー源として選択されたのか?
これはもちろん理論的に可能であったからだが、理論的に可能だからといっても must ではなく、あくまで選択肢の一つでしかないはず。
兵器のエネルギー源として採用されたのなら判るが、それを産業エネルギー源として 「用いなければならない」 のか?
当たり前のことだが、水力や化石燃料が産業エネルギーの源泉であったからこそ、人類の居住地から領土紛争までが決定されてきた。
つまり、エネルギー源は、歴史の決定要因のうち最も根源的なもの。
このこと、なぜ世界史科で教えてはならないのか?
(言っておくけど、僕は原子力そのものを否定する積りはないし、原発だって選択肢の一つとしては保持しておいてよいと考えている。)

・世界史におけるいかなる大国、強国も、東西への拡大は速かったが南北への拡大は極めてゆるやか、乃至はゼロである。
なぜか?
あまりにも有名な 『銃・病原菌・鉄』 は、早稲田の入試英語でも取り上げられるほどに学際的かつ初学者向けの総括的な文明論である。
そこでは確か、穀物や家畜が同じ緯度では移殖し易い反面で、緯度が異なると移植が難しく、だから南北間での征服・拡大はなかなか進まなかった、とある。
こんな重大な 「問題提起」 をどうして世界史科でちゃんと指導しないのか?
地理科で教えりゃいいということか?
しかし市場や産業や経済の発展要因の最も重大な根源については世界史の領分ではないのか?

・世界史の強者は、必ずと言っていいほど海軍の強者でもある - ということは、ちょっと真面目に世界史を勉強すれば高校生だって閃くこと。
海軍力は、古代のアテネやローマから中世のオスマン帝国、近代のスペインやオランダや英国、現代の日本、アメリカに至るまで、必ずその学術や技術力の粋をぶちこんで強化されてきたもの。
これは深く考えなくても分かることで、まず海運が陸運とはケタ違いにコストが低く抑えられるため、経済力は海運力とも直結している。
まさにその海運を守るためにこそ、強力な海軍力が必須。
加えて、海軍の戦いは 「一時退却~!」 などという悠長な戦術が通用せず、いったん開戦したらどっちかが全滅するまで続くから、弱っちい小粒の海軍をいくらバラ撒いても、全く意味が無いじゃないか。

…という具合に、海軍力の覇者が文明の覇者であること (だから中国史上の諸文明は文明の覇者になったことはない) は現代に至るまで最強の真理であると思われる。
どうしてこういうことをちゃんと世界史科で解説しないのか?

・そういえば、どうしてアジアの文明史においては、(日本とマラッカを除いて)海洋民族が大国化しなかったのだろうか?
海が広すぎて、物流コスト低減のメリットを活かせなかったからか?
しかし地中海あたりよりもずっと広域での取引が出来たわけだから、市場規模だってすごく大きくなりえたはず。

・話題の本 『水が世界を支配する』 に仔細に解説されているが、スエズ運河やパナマ運河は、国際戦略展開を激変させたもの。
北方民族が中国文明を新たに造った時(隋や唐)にしても、運河の開削で東西及び南北をつないで経済活動を拡大した。
つまり、運河というのは海運と海軍のパワーを最大限に活用するためのインフラなのだが、これほど重大な文明史上の効用について、どうして世界史科でちゃんと解説しないのか?
アメリカなどでは、実際はエリー運河などの巨大な西方運河開削が続き、フロンティア活動が活発になったからこそ、それを補完促進するために大陸横断鉄道が出来たはず。
そういう運河と鉄道の関りも、世界史できちんと説明すべきではないのか?
まさか、これも地理科の領分だというわけか?

・インドシナ半島の真ん中、極めて細い地峡は、かつて開削して運河(いわゆるクラ運河)をつくろうという動きがあったのだが、どうして依然として中断されたままなのか?
そんな運河が出来たら、南端のシンガポールに寄港する船舶が激減するため、華僑資本が妨害しているんじゃないの?
そうでないなら、どうしてなのか?ねぇ、どうして?

・海洋民族と並んで世界史上の強力な勢力は、山岳系の民族である。
その理由としては、山岳系の民族は地の利を活かして外敵から守り易かったこと、耕作し難い土地におかれたため技術開発の創意工夫が進んだこと。
さらに、山岳部では疫病が伝染しにくかったことなどが挙げられている。

さて、日本人は海洋民族であるとともに、山岳民族でもあるわけで、地政学的に大袈裟に例えればトルコ人に似ており、イタリア人にも似ており、もっと言えばドイツ人と英国人をミックスしたようなアドヴァンテージがあったと思われる。
つまりこういう海洋と山岳の折衷こそが、経済、産業、軍事の全てにおいて優位に立つ要件であった、と考えたくもなる ─ のだが、こういう仮説を世界史科で聞いたことがない。
むしろ世界史科においては、平原部の移動型文明が一番強かったかのような説明が散見されるのだが、おかしいのではないか?

・日本は戦国時代に銃の生産量で世界一であったことがよく知られている。
そのままずっと銃の改良を続けて行けば、たとえ鎖国をしようともライフルや自動小銃(マシンガン)や大砲の類をヨーロッパやアメリカに先駆けて自主開発していたかもしれない。
いや、そうなっていたとすればそもそも鎖国などする必要もなく、豊臣秀吉の時代にはむしろアジア全域を簡単に征服していたような気がする。
もちろんライフルや大砲があれば、弓や騎馬軍などはもう相手ではないからであり、かつ日本製のライフルや大砲はきっと簡単には模倣出来ない技術水準のものになっていただろうから。
そうなると、南方に進出していたスペインやオランダをも追い出していたような気もする。
因みに、ヨーロッパの軍隊がライフルを活用するのは1700年代以降で、大砲とライフルが小銃とともに機動部隊を作ったのはナポレオン以降である。
どうして日本の権力者は銃器の新規開発製造を止めさせて内に籠ってしまったのだろうか?(本当に止めていたのだろうか?)

・いわゆるセルジューク・トルコでは、アカデミズムの代表者であるニザーム=アルムルク、宰相ガザーリーを始め、イラン系の傑物が輩出したことで知られる。
それどころかペルシア語を公用語にすら定めている。
トルコ、と称する王朝なのに、しかもイスラームだから法や税の根幹はアラビア文明圏のはずなのに、どうしてイラン系がこれだけパワーを発揮したのか?
そして、なぜイラン系にシーア派が増えたのか?
民族の能力や適性に関する好例として、これらの理由を世界史科が解説しければならない。
だいたい、民族運動となると物凄く大仰に語りたがる人が多いくせに、民族の能力ということになると口をつぐむのは何故か?

・いわゆるジプシーは、自称 「エジプトから来た民」 だが、じっさいにはインド方面から流浪してきたとされている。
ドイツ地方に流れ着いた集団は、ツィゴイネルワイゼンとも呼ばれた。
しかし、どうしてジプシーは東アジア方面へは流れてこないで、わざわざ寒いヨーロッパ方面に向かったのか?

・プロテスタントとカルヴァン派とピューリタンと英国国教会の違いについて、ちゃんとした説明が世界史の教科書にも参考書にも無い。
これでは17世紀前半のいわゆるピューリタン革命と、スコットランドのカトリック王権との関係と、クロムウェルの独裁と、英国国教会の立ち位置と、17世紀末の名誉革命と…どれも説明が出来るわけがない。
なおプロテスタントはカトリックと異なり、女性の読み書きを認めているとして広く知られているが、これもちゃんとした説明が世界史科ではなされていない。
民族の産業力、経済力そのものにも関るこれらの重大な現実について、どうしてちゃんと説明しないんだろうか?
こういうことは、ミッション系の女子中高生の方がむしろ知っているのだが、だったらそういう女子高にちゃんと聞きにいけばよいだろうに。

・フランス革命は、1792年のいわゆる8月10日事件の直後から国民公会主導で急激に社会主義化(第一共和政)し、さらに対外的にも攻撃的に打って出ていくが、これらはどう関っているのか?
ちょっと考えれば、ああ王権を抑えることで税などが軽減されたのだな、と分かるが、しかしベルギー侵略など対外戦争を進めるための「義勇兵」は何に期待したのか。
いや、そもそもそんな強力な兵隊、どこから出てきたんだろうか?

それから、1848年の中小企業と労働者による一連の革命の顛末として、ルイ=ナポレオンが全社会階層や軍部の支持を集めて大統領になっている。
ルイ=ナポレオンはもともと国家反逆罪で英国に逃亡中の身であったのに、なんでこんな人物が人気を博したのか?そもそもなんで大統領が必要だったのか?
(彼は後になんと皇帝にまで上りつめ、ナポレオン3世と称し、国際紛争にもどんどん首を突っ込んで大失敗している。)

・中国史を造ってきた諸文明は、おおむね朝貢貿易と冊封体制をとってきたが、これらはものすごく奇怪な外交政策とはいえないのか?
まず朝貢貿易だが ─ もし中国の諸文明の王朝が万物の生産力や商材の種類において 「本当に」 卓絶していたのであれば、ほっといても周辺諸民族の商社マンなどが買い付けにきたはず。
だから、中国皇帝が周辺諸民族に対し 「おまえら、わが中国のものを買え」 などと強要する必要など生じたはずがない。
そりゃまあ、買付にくる諸民族はなにか貢物くらいは持ってくるだろう、しかし商売なんだからあくまで交換であって、中国皇帝への一方的な貢物という見方自体がおかしい。

むしろ、ギルドの商売の許認可のようなビジネスライセンス付与だったと考えるのが自然で ─ そうならば朝貢などと言わず中国商品のライセンス許認可貿易だったと言ってほしい。
かつ、日本が遣唐使を廃止した理由は、唐で政治動乱が起こったから、というのもトンチンカンな説明で、そうじゃなくて日本側には唐の物品を購入するメリットが無くなったから、と考えるのが常識。

次に冊封体制だが、そんなもの本当に可能だったのか?
たとえば日本は継続的に中国の諸文明の冊封を受けたことはないし、モンゴル帝国が中国文明を新築した時代を除けば攻撃を受けたことすら一度もない。
そもそも、冊封体制を強要したはずの中国の諸文明の方が、北や西や東の周辺民族に乗っ取られて、廃絶させられてきた
…というのが歴史の真実。
いったいこの冊封体制とは何だったのか、と不思議でたまらない。

・モンゴル帝国に組み込まれた地域は、おおむね近現代に社会主義政策を国策として受け入れた経緯があるが、何故なのか?
普通に考えれば、「平原部」 の民族はもともと移動性が高く、利潤の配分を最優先とする一方で能力開発の観点が無い、だからろくな産業が興らない。
ろくな産業が興らないから人口増大とともにみんな飢える、かつ、国際競争に勝てない。
だから権力集中と利益配分(=つまり社会主義)を政策として選択する…と考えられるが、これが正論なのか?
こんなに明明白白な疑問に対して、どうして世界史科でちゃんと解説しないのか?

・モンゴル帝国は、西ヨーロッパと日本と東南アジアを除く広いユーラシアを征服した
─ というが、ならばどうしてロシアや東欧や中東の現首脳部に (優勢遺伝であるはずの)黄色人種が見当たらないのか?
もし本当にモンゴル帝国が黄色人種によるものだとしたら、どこかで人種そのものが駆逐されてしまった、としか思えないのだが。
そうではなくて、実はトルコ系の帝国だった、と言われれば人種的にも納得出来ないことはない。
(セルジューク=トルコという強大な勢力が消え去ってしばらくして、今度はモンゴル帝国が興っているわけで、セルジュークトルコの発展形がモンゴル帝国だと考えると理解しやすい。)
なお、ヨーロピアンが征服した諸地域では、未だにちゃんと白人との混血が政治・経済のリーダー層におさまっている。

こういう人種間の強弱論について、どうして世界史科ではちゃんと解説しないのか?
ついでに、中国大陸からの苦力がアメリカで強制労働を課せられ、それによって大陸横断鉄道が出来たということは誰でも知っているのに、どうして世界史の教科書に書かないのか?
人種差別論そのものになると、ものすごく大仰に解説したがるくせに。


・戦争中の軍事境界線と、戦争当事国の国境は、何が違うのですか?
いわゆる軍事境界線は「実効支配による領域」を示すというが、実効支配にはどういう法的正当性があるのですか?
つまり ー 国家主権と領域についての説明がきちんとなされないと、戦争と国家の関りも説明出来ないでしょう。
そういうことは政治経済科で教えればよい、とでもいうお積りですか?

============================================================

ちょっと思い当たるだけでも、以上のように疑問がふつふつと湧いてくる。
これらをちゃんと説明しようとしたら、世界史科は地理科および政治経済科とセットにしなければならない。

その方向への一層のシフトを期待する。


以上