2014/07/24

【読書メモ】 仮想通貨革命

民間市場経済が新規に創造した財・サービスを政府部門が統制し分配するという、民vs官の拮抗ダイナミズム ─ これが市場経済を捉える上での最も大括りのマインドセット、何事を捉えるにおいても視座を大きく狂わせることもなかろう
…などと鷹揚に構えつつ、何気なく手にとった一冊のオレンジ色の本、これが僕の単純な視座を少なからず揺さぶることとなった。

『仮想通貨革命 野口悠紀雄・著 ダイヤモンド社刊』
本年5月に書店に並んだばかりの本書にて、既に基幹技術として挙げられている仮想通貨ビットコイン、それは(僕なりに思い切り端折って言えば)、全世界のP2Pネット環境において論理的にのみ発行され存在する通貨にして、誰もが口座間振替も出来、ネットでの買い物も出来、現金との両替も出来て、その貸借整合性もP2Pネット環境にて特殊な論理帳簿録の形で更新運用されている。
さらに、ビットコインの運用更新と新規発行は相互補完の関係にあり、一定の技術仕様に則り一定タームを満足させたコンピュータが新たなビットコインを発行入手出来る、といったロジック。
こんな具合に、金融業者の介在を究極まで排除出来、どこにも中央統制は介在せず、資産としての国籍すら無いという、そんなノヴェルティとフェアネスがビットコイン/ブロックチェーンの斬新性。

…そうか、もはや市場vs国家だの民vs官といった見方も、ちっぽけな思考オプションに終わってしまったのか…いや、性急な思い込みはひとまずおいて、ともかくも本書を読み進めてみよう。 
なんといっても本書の真骨頂は、副題に「ビットコインは始まりに過ぎない」 とあるとおり、仮想通貨技術が潜在的にもたらしうる業際的な可能性から、財政・金融政策の再考を促す市場変容にいたるまで、じつに大胆かつスリリングな新次元思考への誘いにある。
ついでに記せば、暗号鍵や認証方法など主要な基幹技術および、金融/為替の基礎知識なども本書の随所に補説されており、これらはかつて僕なり商社やSierから学んだ知識の再整理ともなった。
本書のアプローチはまこと多角的である、が、此度の僕なりの【読書メモ】においては本書の構成にとくに拘らず、以下随意の箇条書きにて要約しおく。




・ビットコイン生成
「世界の誰か」によるビットコインの「何らかの送金記録」は、P2Pネットワークにおける「どこかの」ノードから別のノードへと次々と更新され、いわば帳簿録のように送金記録をどんどん付け足していく。
P2Pのコンピュータリソースのうち、この送金記録を一番最初に更新したコンピュータが、その結果をP2Pネットワークに放送し、その正当性が承認されれば報酬として新たなビットコインを入手する。
この新規ビットコイン獲得行為をマイニング(mining)と称し、実践可能なコンピュータリソースをマイナー(miner)という。
ただしこのマイニング作業にあたっては、一定上の処理仕様力を有するコンピュータリソースが必要、また電力もかなり必要だが運用者負担。

・ビットコインの技術的要件 
マイニング報酬の条件として作成されていくビットコイン送金記録を「ブロック」と称し、そのブロックの追加総計を「ブロックチェーン」と称す。
ビットコインは、送金者がブロック記載の署名者本人であり、当人以外が絶対に書き換えられず、また当人もその送金記録を否認出来ないよう、改竄防止措置がとられている。
つまり、新規ブロック生成とブロックチェーンにおける改竄のとてつもない難度こそが、中央に管理主体の無い ─ つまり善悪の判断もその委任も行政監督すらも不要の ─ P2P各コンピュータ間のみでのブロックチェーン維持更新を実現している。

少し具体的には ─ 新規ブロック生成を図るコンピュータはそのデータのハッシュ値を計算、そのさい徐々に増加する「ナンス数」をぶつける必要あり、そのナンス数を見つけハッシュ値を導いたコンピュータが新規のブロックをP2Pネットワークに放送して、承認されればそのブロックがブロックチェーンに追加される。
ただし、ナンス数計算の負荷=プルーフオブワークが設定されており、現在はP2Pのどのコンピュータでも10分間ごとに一つのブロックしか生成出来ない難度、またナンス数とハッシュ値算出のための最適なアルゴリズムは無い。
もしブロックチェーンを構成するいずれかのブロックの情報を、偽造もしくは二重取引のために改竄しようとする場合、そのブロックを含めた偽のブロックチェーンを作り上げなければならない、が、それだけの演算能力のマイナー(コンピュータ)集団は存在し得ない「はず」として、現行のブロックチェーン全体として改竄は出来ないことになっている。
(……といったところが、所詮は営業あがりの僕ゆえの限界、もっと正確かつ精密に勉強したい人は資料が幾らでも公開されてますからお調べ下さい。)

・ビットコインの論理的な上限数
世界いずれかのコンピュータによる新規ブロック作成=マイニングの累計は約29万個。
2017年までは、1ブロック生成あたりの報酬は25BTC(大体100万円)、以降は4年ごとに報酬が半減し、2140年までの生成ブロックの報酬額総計が2100万BTCとなり、ここでマイニングは終わることとされている。
ブロック生成の手数料収入は、マイニングのタイミングに関わらず得ることが出来る。

現在まで、ビットコインのブロックチェーンは、全世界に数千台有ると言われる不特定のコンピュータのノードを随時に経由し、暗号化された状態で公開されている。


・ビットコインの経済規模予測
(本書発刊の)現在まで全世界で発行済のビットコインを時価総額でドル換算すると、54.7億ドル。

なお、現状の全世界レベルでの実体経済に必要とされるビットコイン総額予測は、たとえばバンクオブアメリカ・メリルリンチからレポートが上げられているが、これが完全に正論を突いているともいえず、推定試算の方法によって大きく異なるものである。

仮に、全世界の個人消費総額に対するe-コマースの総売上比をもとに、その10%をビットコインが代替すると試算する。
この数値をアメリカベースから全世界レベルに適用するか、日本ベースから試算するかで、全世界でのe-コマースに必要なビットコインは米ドル換算で50億ドルとも或いは500億ドルともされる(日本でのe-コマースの比率から計算した方が大きくなる)。

国際送金業務におけるビットコイン必要量にしても、その主要企業の取り扱いシェアと保有資産額がそっくりビットコインに代わったとすれば、米ドル換算で50億ドル程度となるが、しかし主要企業に限らず全世界の国際送金業務が全てビットコインで代替されるようになれば、必要額はもっと大きくなるはずである。

それどころか、国際間送金を個人間取引に限らず、貿易決済まで勘案すれば、遥かに大規模なビットコイン流通が必要となり、そのほとんどは国際送金業者ではなく銀行が独占している。
ゆえに、国際間送金において、銀行の介在を排除させうるビットコインの存在価値は極めて大きい。

なお、仮にビットコインが銀と同様の評価を得られると、市場価値は50億ドルとなる。


・ビットコインのビジネスメリット 
基本観念としては、銀行預金通貨同様に化体対象の無い帳簿上の仮想情報と見倣せる。
中世以来ヨーロッパで、要求払い、勘定支払い、相殺決済事業が、振替銀行に至り、…という預金通貨の運用を概括すれば、基本的にビットコインも同じ。
ただし銀行の部分準備貸出(つまり金融の信用創造)の場合は、手数料ビジネスが発展し、それを補完するため短期の金融調達市場と中央銀行が置かれ、長期貸付、リスク分散の大型投資も可能になった
─ が、ビットコインがこの経緯をたどるとは限らない、いや、少なくとも技術的特性を鑑みればむしろ手数料も中央銀行も不要である。

国際貿易送金におけるビットコインのメリットは、とりわけ際立っている。
現行の為替手形(B/E)、信用状(L/C)、電信振込(T.T.)では、信用貸付の手数料、通貨外為手数料、利子を銀行から取られる。
特に日本円は奇妙なことに主要な国際決済通貨ではないため、外為売買スプレッドも日本側が負担するケースが多い(とりわけ日本からの中・韓などへの海外送金手数料はドル建ての場合に世界一高い料率である。)
だが、ビットコインによる国際的な口座間振込送金であれば、ビットコインとの現金通貨との換算レートは送/受当事者の合意事項に留まり、この経緯にて銀行の手数料も信用貸付料も利子もかからない。


ビットコイン・プロトコルの応用 (この観点からのアプローチが一番面白い)
「スマート・コントラクト」というビジネスセンスは更に先進的である。
少なくとも随時の意思決定を必要としない「ドライな」財貨においては、ビットコインのプロトコルを応用したネットでの「自動決済」が可能となる。
たとえば株式や債権を金融機関を経ずに個人が直接売買、また信託や遺産遺言への応用も。

e-コマースにては、買い手側が受け取り商品の品質確認が終わるまで、第三者に購入代金を一時預託しているのが現状だが(いわゆるエスクロー決済方式)、ビットコインを使えば売り手/買い手の直接確認が進み、この一時預託の第三者が不要となる。

また、「スマート・プロパティ」という資産運用も進む。
自動車のイモビライザーは既に暗号技術を用いたロック方式だが、ここにビットコインのブロックチェーン技術を応用し、コインの代わりに自動車の所有権を取引対象とする。
そうすれば、「所有者当人と自動車の取引関係」は論理的には誰にも崩せない(もちろん譲渡も簡単に出来るようになるし、レンタカーへの応用も出来る。)
これを不動産に応用すれば、家賃を払わない人間と家との関係も。

さらに、DAC (Decentralized Autonomous Corporation) という野心的な企業組織運営へのチャレンジもある。
ビットコインの保有/利用者をいわば株主と見做し、従業員がマイナーとしてビットコインを創出(むろんブロックチェーンの維持も)して、相応の報酬を得るというもの、この関係を経営基盤に据えたビジネス企業体がDACである。
ビットコイン保有者の売買程度によって、そのビットコインの流通量、ひいてはそのビジネスシステムの価値が決まる。
(但し本書では、この企業コンセプトで如何なる実体財を扱うのか、それともビットコインなど仮想通貨の運用そのものが事業目的なのか、読み取りにくい。)
ともあれこのビジネスシステムでは、ビットコインの保有/利用者が特定の限定された資本家や金融機関に限られず、広くかつ不特定に世界中に存在しうるというところが実に楽しく、想像力をいくらでも掻き立てるものである。


財政改善へのヒント
我が国の財政政策の問題点のうち、とりわけ重大なものは、国債の発行量増大に応じた現金化に見られるように(日銀による直接買受は認められていないものの)、一時的な負債と利子の時間的な差を悪用した政策当局と金融によるゴマカシの放漫財政である。
しかしビットコインは日銀のような発行運営当局がそもそも存在しないため、放漫財政との連動など起こらない。

但し、ビットコインの技術的な特性の一つである匿名性は、売上、所得、譲渡を捕捉しにくいため、課税とは相反する。
ビットコインの全取引ブロックチェーンはネットで全世界に公開されているが、ユーザは公開鍵で幾らでもアドレスを作成出来、よって現実の法人・個人との関係は分からない。
ビットコイン取引が本格化するのなら、かかる課税は、外形標準課税が望ましいのではないか(法人であれば資本金や従業員数、生産高などを指標とし、個人ならば人頭税とするなど。)

以上