『なぜその地形は生まれたのか? 松本穂高 日本実業出版社』
本書は日本各地さまざまな地形の生成プロセスをカラフルにかつコンパクトに概説した一冊。
サブタイトルとして、「自然地理で読み解く日本列島80の不思議」とあり、いわゆる自然地理学の入門書として丁度よかろうと僕なりに判断し、それで此度手にとった次第。
世界的に知られたさまざま自然地理上の名所80箇所につき、もともと如何なる物質や環境条件が何を為し続けて現在の地形形成に至っているのか、それぞれ見開きページ構成において図説入り概説がなされている。
とりわけ留意すべきは、1kmベースの縮尺スケールを一貫したそれぞれの略地図であろう。
自然物と環境条件の相関概説を読みとる上で、地理上のサイズ観は地形と相まって重大であり、そしてじっさいにどれもこれも超巨大な自然の造形である。
一方では、時間スケールや時系列についての描写はやや省略的に抑えられているが、それらは地学の素養あればリファレンスはたやすい。
もとより人間にとって、自然物や自然現象は一瞬いっしゅんは物理化学上の必然事象であっても連続体としてみれば巨大な偶発の気まぐれにすぎぬが、しかし、本書掲載の名所数々におけるとてつもない完成美を眺めやれば、何もかも必然体現の永続に映ってしまうのである!
なお、これらそれぞれの図説や観光写真はそのまま現在の風光明媚な名所概説書/案内本としても楽しめるものであり、だから読者としてはページを捲るごとに旅行勘をワクワク喚起されてやまぬ。
さて此度本書を紹介するにては、とくに日本の地形生成にて最もベーシックな物理/化学ファクターであろう’マグマ’と’水’に僕なりにちらりと着目しつつ、以下にごく簡単に略記してみた。
<成層火山>
火山噴火が繰り返し起こると、その度ごとにそれらの溶岩や噴出物が降り積もる。
しかもそれらは山の斜面と比べて爆発口ほど厚く積もる。
これが幾度も続く過程で、爆発中心部ほど堆積物が高く同心円状の周辺部が相対的に低い円錐形の火山が、何重にも重なっていく。
これを成層火山という。
日本における成層火山の最大例がいわゆる富士山。
三大プレート~マグマ活動による爆発を繰り返してきた過去10万年以上のうちに、先小御岳火山、小御岳火山、古富士火山が次々と上部に覆い被さり続け、そして一番上に覆いかぶさっている円錐状の巨山が「現在の新富士火山」である。
<カルデラ>
地下の膨大な量のマグマが火山噴火によって放出されると、その地下は巨大な空洞となる。
そのため地表が広域に陥没、こうして出来た窪地がカルデラ窪地である。
カルデラ窪地に大雨の水が溜まると、広大なカルデラ湖となる。
やがてその水が流出してしまうと、阿蘇カルデラのような広大な平坦地を残す。
カルデラ湖の「中で」新たに噴火爆発がおこると、相応の成層火山が出来うる。
この成層火山が約8600年前と5000年前に山頂部を吹き飛ばした結果として残った部分が、十和田湖における半島状の土地である。
<水蒸気爆発>
地下マグマの上昇が地下水と反応すると、マグマ水蒸気爆発を起こすことがある。
この爆発が地面を吹き飛ばすと、円形状でしかも周囲に高みの無い広大な窪地をつくり、これがマール窪地。
マール窪地が池と化した例が、男鹿半島における一の目潟、二の目潟、三の目潟である。
成層火山の一部が水蒸気爆発によって吹き飛ばされると、半円状の巨大な爆裂火口が出来ることがあり、この例が磐梯山(会津富士)である。
<氷河>
もともと氷期においては雪が溶けきれず積もり続け、圧縮されて氷と成り、巨大な氷河を成し、山岳までを覆っている。
やがて氷期が終わると氷河が谷を流下し、その過程で側面の岩盤を削り取って砕いていく。
岩は石や土として谷底に溜まり、或いは下流へと流されていく。
これが続いて、底幅が広く両岸が急なU字型の断面形状の谷が出来る。
※ 氷河ではなく水流による削岩であれば、水の侵食が深くふかく進むため、谷はV字形状を成しているはず。
U字谷の典型例が、槍・穂高連峰における岳沢。
なお上高地一帯の平地は、このU字谷とあわせて火山の土石流の土砂が堆積して成っている。
とくに稜線(尾根)近くに出来た氷河は、山の斜面をほぼ真下に侵食し続けていく。
こうして抉られた谷がカール圏谷である。
カールの例は、立山連峰にて極端に深く抉られた斜面。
<隆起準平原>
あらゆる土地は、多雨によって激しく侵食され続けると、平地と化していく。
一方では、海底の土砂による砂岩・泥岩が日本列島に付加されてきた過程で、山地を急速に隆起させてきた。
この隆起が平地をも高く押し上げると、隆起準平原を成す。
隆起準平原の端的な形成例が、高湿多雨でしかも太平洋に近接した紀伊山地、たとえば40km2の広がりをもつ大台ヶ原。
<高層湿原>
高地では、低温のために植物が微生物によって分解されにくく、枯れた植物の遺骸はそのまま積もり積もって泥炭層を形成する。
泥炭層は雨水や雪解け水を保持し続けやすく、その結果として高層湿原を高次に成していく。
高層湿原にては、地下水に依存しない湿性植物こそがいわゆる高山植物として生き続けることになる。
高層湿原の例が尾瀬の湿原であり、高山植物が他種の樹木と艶やかに棲み分けうつ、多様な植物世界を成している。
<滝>
火成岩である流紋岩は水が侵食しにくい。
一方で、海底生成の堆積岩は水が侵食しやすい。
これら流紋岩と堆積岩は、土地の隆起によって複雑な地質構造を成している。
とくに高湿多雨の環境においては、これら岩石における水の侵食度の格差が川の極端な遷急点を作ることになり、よって巨大な落差の滝を形成することがある。
巨大落差の滝のうち最たるものが那智大滝。
成層火山である富士山は、古富士火山噴出物の上に新富士火山溶岩流が重なった箇所地帯がある。
これら岩石のうち、後者は水を通しやすいので、地表から地中に伏流を流す。
富士山麓にある白糸の滝はこれら岩石から成っているため、川からの本流と地中からの伏流が合流、だからトータルな水量はほとんど変わらない。
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以上、本書のほんのごく一旦のみを紹介してみた。
それでも、とりわけ「マグマ」と「水」によるさまざまなそして巨大な物理効果にあらためて驚嘆させられる次第ではある。
繰り返し指摘しおくが、本書は旅行名所の案内本としても存分に楽しめる一冊であり、学生諸君などはリフレッシュの一端としてあれこれ想像巡らせつつ、日本の自然地理の絶妙な美しさを多方面から再発見こころみては如何だろうか。