『元素のふるさと図鑑 西山孝 化学同人』
'元素の’と銘打ちつつも、本書は対象を金属元素に絞り込んだ上で、それらの採鉱~選鉱~製錬、そしてそれら製品の用途から事業性までを凝縮記載したミニ図鑑の体である。じっさい手にしてみれば拍子抜けするほどの小ぶりの構成にして、とりわけ文面描写は極端なほど要約的、しかしながら、さまざま端的に集約されたカラフルなイラストや統計資料が全巻通じてふんだんにちりばめられており、まこと一瞥しやすく編み上げられた良著といえよう。
本書の特徴は、金属工業におけるデータ資料や図案の明瞭さのみにはあらず、むしろそれらデータや図案が新たに触発しうる複合パースペクティヴ、つまり読者自身のさまざま解釈次第で、新たな事実関係をなんぼでも掘り起こし再発見しうるところにあろう。
そう捉えてみれば、本書はとりわけ’地理学’のリファレンス資料集として絶好の一冊ではないか ─ さらに事業採算性までをもふまえれば、金属元素は水や炭化水素やケイ素に負けずおとらず、’経済政策'や’経営判断’における最も根元的かつ重大な構成要素とすらいえまいか。
銅を巡ったコンゴ(カタンガ)紛争などなどはたちまち想起されうるし、現代産業におけるLSIやリチウムイオン電池や液晶などなどにおける重大性は言うに及ばずだ。
そういうわけで、本書は理系文系とわず学生諸君から社会人まで多くの読者諸兄にお薦めしたい。
とりわけ、読者の皆さんにはとくに本書巻頭部における「メタルの元素周期表(Periodic Table of Elements for Metal) 」を是非とも楽しんで欲しい。
高校化学おなじみの原子量や常温状態や放射性はもとより、それぞれ元素の産出ルート(バイも含む)まで総括的に要約した、とびっきりの大傑作の見開きページといえよう。
本書に初めて挑むにさいしても、或いはいくらかを複合的に了察した上でも、このメタルの周期表にあらためて立ち戻ってみれば学際的さらに業際的な勘がグングンと頭をもたげてくるのである!
※ ところで、主題の根元対象である’金属元素’の範疇については、本書ではヨリ汎用的に’メタル元素’とし、これで化学上の定義は一応は明確になっている。
これらメタル元素は広く通例のとおり全部で47元素であり、これらを’ベースメタル’および'レアメタル'と範疇分類。
ここで、ベースメタルは鉄、銅、アルミニウム、亜鉛、鉛の5元素、ここまでは業界とわず統一定義。
だが一方で、レアメタルの42元素については完全な統一定義は無いようである。
経済産業省によればレアメタルは34鉱種にすぎず、金と銀と白金族の計8元素はレアメタルとはせず別に'貴金属類'としている由。
一方で、本書においては編集上の便宜からか、レアメタルのうち白金類をまとめて1鉱種とし、またレアアース(希土類)もまとめて1鉱種とし、その上で各論すすめたと。
さらに、僕なりに別引用に則って為念付記しておけば、総じてレアメタルとは地殻中のクラーク比率1%未満あるいは電気陰性度2.4以下の金属元素を指し、上のとおり47元素指定ともなるが特に金属以外のホウ素とセレンとテレルを含むケースもあるようで。
さて、本書に挑むにあたっては第1章~第2章の僅か26頁を数度読み返してみれば、メタル工業と諸工程についてのスケールと深みを伺い知るには十分であろう。
以下、同箇所からほんの僅かではあるが掻い摘んで略記。
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<鉱石からメタルまでの工程概括>
上流工程
地中ないし海底における鉱山鉱床にて、鉱石を探査する
その鉱石から、鉱石鉱物および脈石鉱物をまとめて採鉱する
それら鉱石鉱物と脈石鉱物を粉砕などで分離濃縮し、精鉱を選鉱する
この選鉱を湾岸地域や消費地近郊の製錬所まで輸送する
下流工程
製錬所にて、精鉱を製錬して目的メタルを取り出すその目的メタルを加工して地金や素材製品と成す
ざっとこういう工程フローであるが、もちろんメタル元素ごとに採鉱、選鉱、製錬それぞれフロー具体化は万別であり、本書の第3章以降にメタル元素ごとの具体実践例がひとつひとつ略記されている。
これらそれぞれの工程概説および図案資料類こそは、工業論そのものにまで思いをはせずにおかぬ、本書最重要の読み物といえよう!
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<メタル元素ごとの耐用年数>
メタルごとの全世界埋蔵量÷全世界年間生産(消費)量、すなわちメタルごとの全世界での「耐用年数」について。
この「耐用年数」が長ければ長いほど、そのメタルは世界的にみて生産(消費)量に対して埋蔵余剰が多いことになり、耐用年数が少なければ埋蔵余剰も少ないことになる。
じっさいには、主だったメタルの全世界での耐用年数は1965年以来50年以上もほとんど変わっておらず、この理由は新たな鉱床が続々と発見され、かつ、採掘技術も向上し続けてきたことによって、総じて鉱石量が増えてきたため。
それでも、メタル埋蔵量はあくまで有限であり、けして無尽蔵ではないので、これまで通りの採掘鉱石量がこんごも維持できるかどうかは分かっておらず、しかも地域差も大きい。
なお、金(Au)の全世界耐用年数は1975年時点では35年とされ、これが時代をおうとともに徐々に減少し、2020年ではわずか17年となっているが、いまのところ枯渇はしていないことになっている。
銅(Cu)の全世界耐用年数は1980年には70年であったが、2000年には半分以下になり、それでもまた増えて現在は40年以上は有ることになっている。
リチウム(Li)はの全世界耐用年数は2010年には463年もあるとされたが、2020年には255年に減っている。
マグネシウム(Mg)の全世界耐用年数は2010年には417年とされたが、2020年には281年に減っている。
アルミニウム(Al)の全世界耐用年数は2010年には134年とされたが、2020年には77年に減っている。
ストロンチウム(Sr)の全世界耐用年数は2010年にはほんの17年とされたが、2020年には31年に増えている。
ニオブ(Nb)の全世界耐用年数は2010年にはほんの46年とされたが、2020年にはなんと251年に増えている。
レアアース類を総じて見れば、2010年には821年もあるとされたが、2020年には500年に減っている。
…ほんのひとかけらを一瞥するだけでも、上のとおり、メタル元素ごとに耐用年数が減ったり増えたりである。
採鉱技術から製品化まで含め合わせた上で、さまざま考察が可能である。
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<メタル’製品’の世界産業規模>
本書は昨年(2022年)5月に第一版であり、記載データの多くは2019年時点のものではある。
さはさりとて、この2019年時点の引用でも、メタルの製品化から世界産業規模までの在りようについての着想上のヒントを多くふくんでいる。
たとえば;
金(Au)の世界生産量はわずか 3,300 トン、だがトンあたり価格は 44,800,000 (USD) であった。
これらさまざま掛け合わせた世界産業規模は ざっと 150 x 109 (USD) 。
一方、銅(Cu)の世界生産量はケタ違いに多く 24.5 x 106 トン だが、トンあたり価格は遥かに安く 6,000 (USD)でしかない。
それでもこれらさまざま掛け合わせた世界産業規模は ざっと145 x 109 (USD) であり、金(Au)とほとんど変わらなかったことになる。
では、同じ2019年時点での鉄鉱石(Fe)はどうか。
世界生産量はじつに 1.52 x 109 トン にものぼるが、トンあたり価格はわずか 620 (USD) でしかなかった。
しかしながら、これらざまざま掛け合わせた世界産業規模はざっと 1,153 x 109 (USD) にものぼり、鉄鉱石の産業規模がとてつもなく巨大であること見てとれる。
※※ なお僕なりの所感も付記すれば、ここでの鉄鉱石の製品価格が含有鉄分1%あたり(DMTU)換算に則ったUSD建であると見做す以上、ここ数年間でもかつ国別でみても激しく乱高下していることさまざま別ソースから確認できる。
ひとえに鉄鉱石にかぎらず、メタル製品の販売価格は過去数年に限ってもさまざま変動しており、読者諸兄もさまざま経済指標などを確認されることを薦める。
以上