2026/08/31

Think Big (9)

さらに思いつくまま、纏めて綴ってみた。


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・超広大な宇宙スケールからすると、人類史などはほんの一瞥の量子的な気まぐれ現象か。
逆に、人類から宇宙を見上げれば、おそろしく広大ゆえに全貌の経緯捕捉は困難か。
エネルギー密度などとの相関はともかくも、「時間」がさまざまありえ、物理「学」の一気通貫が困難であることは、おぼろげながら見当がつきそうだ…。


・「時間の量」は、あくまで各人ごと各生物ごとの好き勝手な示強感覚にすぎず、宇宙共通の示量物質ではないと。
すると、汎用語としての「時間」は、さまざま事象の’発生秩序’や’発生頻度’を指しているのではないか。
僕みたいな学術素人が考えるとこうなる。


・人間が生み出すあらゆる財貨/製品を、「自由電子」に例える。
一方で、カネを「磁場磁束」に例える。
財貨/製品が暴走散逸せぬようにカネが制御する、このありようは、ローレンツ力~ファラデー電磁誘導などに例えることが…

人間の直観力はどれもこれも大体似通っており ─ たとえば西欧社会の青少年が発言力が高いのは一神教(聖書)の思考上の引用や例示が上手いからではないかな。
ところが、科目ごとに別々の思考様式や知識命題を問うので、たいていの子はどんどんこんがらがってまうんだよ、たぶん。

教科書類は帰納的(冒険的)に解き明かすように編纂されているが、たいていの子にとって「まずは系を説いてから」でしょう。
聖書と同じじゃないかな。一応は系を分かち合ってこその、次なる知識命題の吟味でしょうね。


・理科は、『何が』『どうする(どうなる)』の命題構造から成っている。
このうち『どうする(どうなる)』は微積分の数学で定型化が出来る。
問題は『何が』で、これはさまざまな粒子であり、電磁気(場)であり、剛体であり液体であり気体であり波状でもあり、生物であり無生物であり、量子でもあり……


・『なぜ人間は数学を考案してきたのか』 という問いかけは、『なぜ数学能力には個人差があるのか』 という問いかけと同じだろうか?
数学そのものよりも、『なぜ』が難しい。


複数の物体/空間にて作用する『力』はどれもこれも「押し合っている」のであって、「引っ張り合ってはいない」のでは?
諸々の電流を磁場がぐいぐい制御するさまも、ビッグバンと電磁力と宇宙膨張も、重力も浮力も向心力も、複数の「力」における押し合いへし合いであって、引っ張り合いではない ─ そんな気がすることもある。

宇宙のあらゆる物質/エネルギーが「引っ張り合って」いるのなら、あらゆる速度がいずれ無限大になり、宇宙そのものの量も無限大になる ??
そうなっていないならば、あらゆる物質/エネルギーは「押し合って」おり、だから速度にも物質量にも元素種類にも上限があり…

どこまで正しいのか知りませんよ。


・宇宙の膨張は、あらゆる物質/エネルギーがギューギュー押し合っているためか?それともグイグイ惹き合っているためか?
どちらも作用反作用で同じだというなら、なぜ宇宙は膨張するのか?
フェルミのパラドックスは前者ゆえの論理ではないか?

宇宙のあらゆる物質粒子(量子も)は、おのおの位置エネルギーの単振動の正弦波運動として、作用/反作用を続けていると。
さまざまな物質粒子の衝突と錯乱が運動量もエネルギーも保存しつつ、宇宙の万物を成すと。
論理上は分かるが、宇宙のさまざまな物質粒子をそれぞれ単振動に帰して語るのはなぜ?


・原子核は自然放射線を「発し」つつ、おのれのエネルギー準位を安定させていると。
運動し続けている分子は熱エネルギーを「発して」 エントロピーを増大させているのか。
これらに抗って、さまざまな生命分子は逆に「引き合って」代謝し続けている?

医者はどっち側に立っているのかね?
核分裂や核融合については、どうなんだ?


・古典物理学がどれも微分方程式とエネルギー保存則であるならば、ニューラルネットワークの規模/構造次第で解を導けると。
では量子力学はといえば、波動関数におけるハミルトニアンが時間に依存せず、量子’状態’がエネルギー保存則に拠っているならば、やはりニューラルネットワークの構造/規模次第で表現可能ということになるか。
すると、宇宙自体のネットワークはどういうふうに表現すべきなのだろうか?


・電気二重層コンデンサと燃料電池の差異について。
電解質と電極、充放電ごとの電圧変動、イオン化学変化の有無、瞬時瞬時のパワー密度(W/kg)、連続的な重量エネルギー密度(Wh/kg)…
これらを図案つきで概括比較すると、高校物理と高校化学の基本を並行的に理解できる、かもしれない。


・いわゆるダイヤモンド半導体素子は、超高温環境下の耐熱に優れ、さまざま放射線による損傷も少ないため、「核融合炉」におけるロボットAIの素材として期待出来る気が
─ というか、そもそも「核融合炉」はそれ自体の運用実現よりも、むしろ関連技術の派生と発展にこそ大いに寄与してくれるような気が
とするとだよ、「核融合炉」の運用開始の前夜には類の科学水準は史上最高の水準に達し、するともう「核融合」なんかどうでもいいじゃんと、いやこういう発想は罰当たりかなやっぱり。


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・あらゆる物質は、その時その場における位置エネルギーのかたまりだ。今まさに出番だ。エントロピーがまだ最小の青少年期。
語法上は現在形~未来形で冠詞はa/an。
だがひとたびその運動エネルギーが発動し終わると、それらはもはや燃えカスだ、これを’データ/情報’という。
エントロピーがすっかり固まった最大の老年期。
語法上は過去で冠詞はthe。

デジタル化は後者の複製/削除の技術であろう。

・デジタル教科書類について。
子供は人生の文脈が希少で、一瞬一瞬がバラついている。そこで一定の文脈を与え体感させるのが、教育の目的です。
ところが ’デジタル技術’ は文脈を一瞬一瞬ごとに裁断し複製し削除する。
すでに自身の文脈の凝り固まった高齢者たちの情報操作には適うが、子供の教育には向かないんですよデジタルは!



・人間の抱きうるあらゆるアナログ連続の思念は、一定の電圧変化のデジタル秩序(コンピュータプログラム)にて必ず複製できるのだろうか。
当然だろうと言うかもしれぬが、ならば逆のデジタル→アナログ複製も常に可だろうか。
あらゆる霊魂や幽霊は(たとえば)量子マシンなどで体現することが出来るのだろうか。

SFとはこういうものでしょう。
思考は常に連立方程式と微分方程式のごときであって…端的には星新一や筒井康隆などのごとくであって…



・「リアリティ」と「フェイク」と「フィクション」において、それぞれ知的財産(権)はどう取り扱われるのか。とくに著作物は。
また、AIの学習物や生成物はどうなるのか。
とくに大メーカーは、ここいら整然と説明出来る法務担当をおきたい。


・英文法のいわゆる’仮定法過去’は、現時点で発生していない「事象」の「論理」。
文法としては難しくはない。
だが、発生していない「事象」に則りつつ更にさまざま「論理」展開させる’会話’はどうにも妙だ。
落語などならまだしも、実際上の意義があるだろうか。
「論理遊戯」の「論理的な」接続が延々と続くとすると、バカみたいでしょう。

昨今は都立高入試にても仮定法が増加見込みらしいが、どんなもんかな。


・地球上の物質元素が限られており、化合物も限られており、エネルギー量も物質量も上限があるとして ─ ドル円などの外為だけが無制限に変動しうるだろうか。
もし外為が無制限に変動するとしたら、どこかで誰かが全く新規のエネルギー/物質を発見しており、あるいは人口が猛烈に増加しており、うーむ

AI/ロボットが発達すれば、統一通貨が無用の社会が到来する ─ はるか昔から科学者たちはとっくに想定していた。
そして日本ではそういう社会が実現しつつあり、だからこそ円安が進行、かもしれず…


・万物に共通の電子につき、1eV/mol や 1J/mol あたりの経済価値は誰も設定していない。
だから、「万物通じた価値基準尺度」は無い。
あらゆる価値は人間都合と合意の暫定にすぎない。
ところが、一神教だの世界統一通貨だの、左翼の政党だのネットだの教育機関だのは、万物通じた価値基準が在ると信じているのかもしれない。



・第二次大戦、日本はとてつもない労働力不足。
だからこそ日本経済は若年層が好き放題に試行錯誤をガンガン進め、産業も市場も大発展。
しかしやがて高齢化が進むとアイデアもやる気も失せて、カネ摘まみが増え、長期デフレへ。
さあどうするか。
爺さんたちに訊いても未来像は出てきませんよ。
ましてや、巨大な天変地異と世界動乱が加わると、もう年配層には手も足も出ないの。

だからこそ若い世代に言いたい。君たちが信用出来るものは、スポーツと芸術と数学と科学のみ。カネばかり眺めていてもむだむだ。



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さらに視野や筋道をちらっと変えつつ、まだまだ続く。
たぶん。