2015/12/06

pay-off と trade-off

12月、そろそろ大学入試英語の最終強化シーズンだ。
女子高生たちを 「姫」 とか 「クノイチ」 とか呼んで面白がっているのもいいが、いつまでもそうはしてられない。
そこで ─ 大学入試の英文読解をパラリパラリと再チェックしていて、ちょっとしたネタを披露したくなった。
たとえば、pay-offtrade-off についてである。

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① ビジネス観にのっとっていえば、まず "pay off" とは、当事者間にて特定の貸し借りが無くなる → それはそれ、でも、これはこれ、 つまり新たな利益のチャンス、という風に発展解釈するのがふつう。
チェスや将棋でいえば、一局が終わってバラバラと駒を並べなおしたようなイメージ。
社会科の教科書でも、金融施策のひとつとして当たり前に載っている。
もちろん名詞として捉えてもよし、というか、英語は品詞が厳格ではないので、名詞が動詞になり、動詞が名詞にもなる。
だから品詞分析には拘るなって言ってんだよ。

さて、2014年の東北大後期の英文読解にて。
Google encourages employees to use 20 percent of their time on their own pet projects, whether or not these have payoff potentials.
これを日本語でうまくまとめろという出題。
なお前段までの文意から、ここでの "pet project" は、企業総体として利潤率を追求する案件ではなく、従業員一人ひとりが自己責任で随意にとりかかっている案件、の意となっている。
そして。
本箇所は、「Googleは従業員一人ひとりの "pet projects" に各人の労働時間の20%をあてるよう奨励しており、それらが "payoff potentials" = 『新規利潤の可能性』 ありや否やは問わない」 ─ という主旨。

本出題の凝ったところは、payoff という語が新規利益の意たりうる由を仮に受験生が直観出来ぬとしても、逆説的な論旨に応じてそのように演繹判断させるというところ。
じっさい、本テキスト全体としては、労働投入時間と生産物と満足感はいずれも人為によるものゆえ、これら相関のどこかに逆説が潜むことをほのめかす。
このように経済活動のパラドックスについて語る入試英文は、早稲田の政経や商や社学なども多く出題するひとつの類型。
受験者は複数の論理を想定しつつ読みぬかねばならず、そこがシンドイ、だから見ていて面白い。

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trade off もビジネス英語ではミミタコ、つまり、おそろしく汎用的な英語表現で、むろんビジネス英語には留まらない。
pay off に似て、特定の貸借関係の外にあるという通念ではあるが、こちらは 「全要素の組み合わせの有限性」 を強調した概念。
チェスや将棋でいえば、ある状況にてお互いに相手の手練手管がもう分かっていて、ああ打てば飛車を獲られる、でも代わりに角を獲れるなぁ、などと思案しているところか。

たとえば、2014年の早稲田理工 Text-I から一か所を抜粋・改編する。
The  trade-offs between different traits of organism may contribute to the evolution of species aging and longevity.
まず本箇所の文脈としては、それぞれの生物種の寿命を定めている要件は、ダーウィンがほのめかしたような突然変異や環境への選択適合のみならず…と展開されている。
その上で、本箇所の trade-offs にからめて訳す。
『生物種の生体組織が有するさまざまな特性の取捨選択が、それぞれの種の加齢と寿命の要因たりうるかもしれぬ』 ─ という主旨になる。

なるほど、この大問などは、単語の名詞化が目立つ典型的な理系テーマの英文。
それでもこの trade off で分かるように、英単語そのものには理系も文系も無いんだ!
理系の単語とか文系の単語とか言うのは、もういい加減に控えたらどうか。
(もっといえば、英語そのものがどことなく物理の教科書の表現に似ている…ような気もするが、それについてはまた別稿にて。)

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③ ちなみに。
上の①で2014年の東北大後期の英文を挙げたが、この年の東北大は前期日程の大問にて、全く異質のスリリングな英文を出題している。
『太古の地球にて、もともと真水であった海水が蒸発し、空で凝結して雲となり、大雨を地上に降らせ、この永年にわたる過程によって、海水の塩分濃度が高まって…』 といった由の解釈課題がそれ。
もちろんこの箇所のみでは、海水の塩分=カリウムやナトリウムなど金属イオンの濃度が高まっていった理由付けにはならぬ。
だから、まともに勉強してきた受験生は一瞬ギョッと戸惑ったかもしれない。
それでも、この出題箇所の直後に、雨が土壌の金属元素を溶かして海中へ流していったとあり、なーんだ、とホッとさせられる。
安心召されい、東北大ほどの主要大学なら、入試問題の作成者だってまともな学識者に決まっている。

以上