(※ しばらく前に書いたものをちょっと改変してみた。もともと光電子などについてちらほら考えていたさいに思いついたもの。)
高校卒業式の翌日、僕は友人たちと連れ添って小旅行に出かけた。
首都圏から特急で数時間、山々に囲まれた或る地方都市である。
のんびりと2泊しつつ、僕たちはこの地の風味を堪能、満喫した。
そして最終日の夕刻。
すでに開花し始めていた桜並木の市道、僕たちは名残惜し気にそぞろ歩きしつつ駅へと向かったのだが ─ じつは僕だけはどうにも不思議な直観、むしろ予感めいた’何か’に突き動かされ、それで、駅前に着くと友人たちに別れを告げ、僕一人あらためて踵を返すと、再び街中へと…
どうも、冴えないわね。
いったい何の話が始まるのかな、うーむ、きっと詰まらない話に違いないと、読者の多くは早くも苦笑しつつ、このページを閉じてしまうかもしれないわ。
あなたのお話はインパクトに欠けるのよ、どこに主張がありどこに仕掛けがあり、どこから離陸しどこに着陸するのか、なんとも分かり難いのよね。
さぁ、どうするの?
とりあえず書きかけたんだから、このまま続ける?
それとも、やっぱり止める?
======= ① =======
目抜き通りに面した洒落た風情の喫茶店を見とめ、僕は引き寄せられるようにその店内に歩み入った。
「ここだ、ここに違いない」 と僕は察していた 「ここから’何か’が起こる。不思議な巡り合わせがきっと起こる」
'何か' ─ それは僕なりに表現すれば魂の位相と波動のイメージであり、エネルギー循環のイメージでもあった。
あらためて引き寄せられるように、僕は窓際の席に座し、大きな窓から通りの向こうまで見やった。
西日がまっすぐに差し込んでくる。
ちょっとため息をつきつつ、ホットレモネードを注文。
それから店内を見回せば、大きな円形テーブルの上に英字版の観光パンフレットが並べてある。
僕はそれを一つ手に取ると、本当は大して読めないのにと失笑を浮かべつつも、ちょっと鷹揚な姿勢をとりつつその英文に目を通し始め…。
「本当は大して読めないのに、ね」
背後から投げかけられたその言、それは聞き覚えのある艶やかな女性の肉声。
はっ、と振り返ってみれば ─ あっ!先生!
我が高校の古典科担当、ずっと憧れていた超本格級の美人教師が!
なぜ?どうして?と腰を浮かせかけた僕の機先を制しつつ、彼女は悪戯っぽい顔を浮かべて僕の眼前に歩み入ってきた。
「どうしてあたしがここに居るのかって?それはね、ここがあたしの故郷だからよ。ただいま帰省中なの」
「…そうだったんですか」
「それで、山本くんはどうしてこの街に来ているのかしら?」
あくまでも卒業旅行における偶然でして、と答えようとした僕をまたも制しつつ、彼女はまじまじと僕の表情を見やりながら続けた。
「…そう、偶然の旅行なのね。あたしにとっても素敵な偶然!びっくりよ!」
おやっ、と僕は気づいた。
彼女の背後からがっしりとした男が顔を覗かせ、僕を怪訝そうに一瞥しつつ、「誰だい、こいつは?」 と。
「あたしの高校の卒業生くん」
「ふーん」
「ねえ山本くん」 と彼女は顔だけこちらに向き直った 「この彼はあたしの’幼馴染のお兄様’なのよ」
「そういうわけだ、よろしくな」
「はぁ、お目にかかれまして光栄です」 と、僕はちょっとだけぶっきらぼうに答えていた。
「なんだそりゃあ?もっとまともに挨拶出来ないのか君は」
あっはははと彼が笑い出し、僕はかっとなった。
「よしなさいよ、からかうのは」 と彼女がたしなめてくれたが、その’幼馴染のお兄様’はなおも相好を崩しながら続けた。
「よぅ、卒業生くん、こんなすごい美人の授業を受けてきて、さぞや楽しかっただろう」
僕の正面に腰を下ろすと、彼女はまたも悪戯っぽい表情を浮かべつつ口を開いた。
「ねぇ山本くん、君はテレパシーについてどう思う?信じるかしら、それとも信じられないかしら」
「テレパシー、ですか?さぁ、それはなんとも…」
「そんなもん、信用出来ないよなぁ!」と’お兄様’が大きく反り返った。
彼女が微かながらも意地悪そうな表情に転じた。
「だからあなたはあたしの気持ちが分からないのよ。そして vice versa ! あたしにもあなたの本音は分からず仕舞いだわ」
僕は呆気にとられていた ─ それでも、この2人の会話と表情から大勢を伺い知ることは出来た。
なんだ、要するにこの2人はそういうことなのか。
「要するにそういうことなのよ、山本くん」
ふふん。
あたしのことを、美人だの、超本格級だのと。
ねえ、あなた、これまで何人も何人も美人教師を登場させてきたわね。
あたしもその仲間入りってことかしら。
それで、あたしが大いに感じ入り、あなたの筆運びを艶やかに色付かせてゆくとでも?
そうはならないわよ。
今回のお話は、あたしと’お兄様’のエピソード、その枠内で落ち着いてゆくの。
あなたにいろいろと脚色して欲しくはないし、そんな義理も無い。
ましてや、あなたの出番などあろうはずも無いの。
さっさと東京へお帰りなさい。
====== ② ======
僕はなんとも気まずくなっていた。
だから咄嗟に出まかせを口走っていたのだった。
「あのう、ともかくですね、まさかこの街で先生にお会い出来るとはびっくりです、とても嬉しいです。それで…そのぅ、僕はもうそろそろ東京に戻ろうかと思いまして…」
「へーー?そうなの?本当に帰るつもりなの?ふーーーん。だけど山本くん、君は’あの名所’へは行ってみたのかしら?」
「えっ?どの名所ですか?」
「なるほど」と’お兄様’が相槌を打った 「せっかくこの街に来たのに、あそこまで足を伸ばさずして帰っちまうのは勿体ないなぁ」
「いったい、何処のことですか?」
「ふふっ、やっぱり行ってないのね。それじゃあ、これからでも行ってみる?日没時だから丁度いいわよ」
「行くって…どこへ、ですか?」
ちょっと待ってよ!
話の流れが変わってきたじゃないの。
’あの名所’について書くなんて、あなた、いったい何を目論んでいるの?
妙な胸騒ぎがするわ、ねえ、もう止めて頂戴、この話はお仕舞よ、あなたは夜桜を名残惜しみつつも東京に帰って行きましたとさ、そして4月からは晴れて大学生、夢と希望の新たなシーズンへと。
はい、以上でこの話はお仕舞!The End, period.
僕たちは、’お兄様’の車に乗り込んだ。
そして、車は町の北面に向かう。
やがて車は、町の北端、登山口のケーブルカー駅の前で停まった。
「さあ、降りて」 と彼女が僕を促した。
「俺も行こうか?」 と'お兄様’が。
「ううん、あたしとこの子と、二人だけで」
「ふーん…そうか…分かったよ。それじゃあ俺はここで待っている」
「さぁ、山本くん、行きましょう!」
彼女に肘を引っ張られつつ、切符を購入。
「ねえ先生、こんな時間にまだケーブルカーを運航しているんですか?」
「そうよ。この時間だからいいのよ」
「???」
彼女に誘導されるまま、ホームに停車中のケーブルカーに乗り込んでみれば、ほ~ら、やはり他の乗客は見当たらない。
さすがに、この時は僕もむくれてしまい、彼女の斜向かいにどかんと席をとり、そっぽを向いてみせた。
彼女に誘導されるまま、ホームに停車中のケーブルカーに乗り込んでみれば、ほ~ら、やはり他の乗客は見当たらない。
さすがに、この時は僕もむくれてしまい、彼女の斜向かいにどかんと席をとり、そっぽを向いてみせた。
====== ③ ======
ほんの15分ほど、であっただろうか。
3つ目、いや4つ目の駅だったかな、彼女が「降りるわよ」と呼びかけてきたので、僕はびっくりした。
「えっ、こんなところで降りるんですか?てっぺんまで登るんじゃないんですか?」
「ここでいいのよ。さぁ、地元の人間の言うとおりにしなさい」
「えっ、こんなところで降りるんですか?てっぺんまで登るんじゃないんですか?」
「ここでいいのよ。さぁ、地元の人間の言うとおりにしなさい」
小さな駅に降り立つと、そこから歩いて未舗装の林道に分け入り、さらに5分ほど登ってゆく。
林を抜けた先に、小さな丘があった。
彼女が、やにわに小走りでその丘に駆け上がっていったので、弾かれるように僕もあとに続いた。
そして、見た ─ あっ、これはなんという絶景だろう!正面に聳える山々の間隙を絶妙に突き抜けて、深紅に輝く夕陽が僕たちを一直線に貫いている!
「すごい…こんなの、初めてです」 と僕はつぶやいていた。
「日本で一番の名所、あたしたち地元民は子供の頃からそんなふうに教ってきたの。でもあたしたちは心秘かに、世界で一番のスポットだと思っているのよ」
「…すごいものを見せて頂きました。ありがとうございます」
「あら、まだよ。これから、どうしても試してみたいことがあるの」
「えっ」
「間もなく、あの山々の向こうに陽が落ちる、そのせつなに…」
「えっ」
「すごい…こんなの、初めてです」 と僕はつぶやいていた。
「日本で一番の名所、あたしたち地元民は子供の頃からそんなふうに教ってきたの。でもあたしたちは心秘かに、世界で一番のスポットだと思っているのよ」
「…すごいものを見せて頂きました。ありがとうございます」
「あら、まだよ。これから、どうしても試してみたいことがあるの」
「えっ」
「間もなく、あの山々の向こうに陽が落ちる、そのせつなに…」
「えっ」
バカね!
とうとう、ここまで書いてしまったのね!
超えてはならぬ一線を、あなたはとうとう踏み越えた。
だからあたしも踏み越えてしまった…
桜の息吹きは春の旋風、ひとつの定めは新たな門出、最終章は第一章…。
もう後戻りは出来ないのよ!
彼女はしばし沈黙した、だから僕も黙っていた。
そのうちに夕陽はいよいよ沈みゆき…
「さぁ、今よ。山本くん、あの光を見て!」
彼女がすっと指さしたそれは、真っ白な光線だった、いや、色彩すらもかなぐり捨てた、むごいほどに硬質な光そのもの、とっさに察するに、いわば遥か銀河の生成期から超未来に向かってまっすぐに引かれた無限直線。
固唾を飲んでその光線を目に焼き付けていた僕の脳裏に、いや、心の奥底に、とつぜん彼女の声が飛び込んできた ─ ような気が。
それは僕の全神経を雷撃のように駆け巡り、僕の心の中を一瞬にして占有してしまっていた。
「あっ!」
まさにこのせつなであった、僕の心のどこかの部分が激しく放電し、それが確かに彼女の中に飛び込んで行ったのである。
まさにこのせつなであった、僕の心のどこかの部分が激しく放電し、それが確かに彼女の中に飛び込んで行ったのである。
それからしばらくの間、僕は、そして彼女も、一言も発することなく、闇に落ちゆく夕陽の残り火を見送っていた。
======== ④ =======
「どう?驚いたかしら?」
下りのケーブルカーの車中で、やっと彼女が話し始めた。
僕は黙っていた。
黙ったまま、車窓越しに闇の風景を見やっていたのだが、ガラスの中から彼女がこちらを凝視しているのが分かった。
「やっぱり驚いたでしょうね。ごめんなさい」
「……」
下りのケーブルカーの車中で、やっと彼女が話し始めた。
僕は黙っていた。
黙ったまま、車窓越しに闇の風景を見やっていたのだが、ガラスの中から彼女がこちらを凝視しているのが分かった。
「やっぱり驚いたでしょうね。ごめんなさい」
「……」
「でも、あたしにとっても物凄い衝撃なのよ。テレパシーについての言い伝えはやっぱり現実だった…!」
「……」
「ほら、あの’お兄様’ね、彼とも’さっきの光’を試してみたことがあったんだけれど、でも何も感応しなかったの。だから彼のような人たちはテレパシーを信じようとしないのよ。でもあたし一人、いつも一人、ずっと信じ続けていた。分かるかしら?君なら分かるでしょう?」
「あのう」 と僕はやっと口を開いた 「僕にも分かります……いえ、いえいえ、やっぱり分かりません。分からないものは…」
「信じることは出来ないって言いたいんでしょう。でも、君の心の一欠片はあたしに届いたのよ。ということはつまり、あたしの意識も君のもとへ」
僕はまた黙りこくってしまった。
「あのう」 と僕はやっと口を開いた 「僕にも分かります……いえ、いえいえ、やっぱり分かりません。分からないものは…」
「信じることは出来ないって言いたいんでしょう。でも、君の心の一欠片はあたしに届いたのよ。ということはつまり、あたしの意識も君のもとへ」
僕はまた黙りこくってしまった。
やがてケーブルカーが登山口の駅に帰着すると、僕は一人、黙って早足で駅をあとにした。
「ちょっと待って。待ちなさい!」
僕は無言のままさらに早足になった。
それでも、彼女が後方から声高に、そしてちょっと泣き声交じりのような響きをもって投げかけてくる『思念』を、どうしても捨ておくことが出来なかった。
「ねえ、山本くん!もう振り向いてくれなくてもいいわよ!あたしは君のことを忘れないわよ!純粋で、内気で、思いあがっていて、ちょっとだけ早合点の…つまり、つまり、そういうどうしようもない大バカ者の君の心は、あたしのどこかに留め置かれるの。それじゃあ、これからも元気でね!もっともっと頑張ってね!さようならっ!さようならっ!」
一言の嘘も混じっていないことがもう僕には分かっていた、だから僕は堪らずにきっと振り返って彼女に一礼した。
彼女はかすかに笑みを浮かべたようだったが、それから’お兄様’の待つ車に乗り込み、そしてその車は夜桜の映える市道を抜けて夜景の中に消えていった。
翌朝は春一番が吹き荒れ、桜吹雪がきれいに舞っていた。
なお、彼女がこの地に転任となっていた由はしばらくのちに知らされたが、僕はどうにも彼女に再会する気が起こらず、だからこの地を再訪することもなく、現在に至っている。
(おわり)