本書は二次電池(充放電ともに可能な化学電池)についての概説本。
二次電池に係る化学(物理学)の基本から応用技術まで、図説が極めてシンプルながらも明瞭であり、よって初学者としては先の読書メモで掲げた『トコトンやさしい二次電池』と比べても理解しやすいのではないか。
なお、僕自身は高校までの化学をとりたてて注視してはいないので、こんごの化学科にて電池の基礎教養と実体産業アプリケーションをどう繋げて論じてゆくのか、またエネルギーまわりをどう取り扱うのかなど必ずしも通じてはいない。
むしろその気軽さゆえ、二次電池の多元性や未来性つまり面白さについて、高校生はじめ多くの理科ファンの方々にこれからも気軽にリマインドし続けていきたいもの、それがゆえの此度の読書メモであり、前回のものも同様ではある。
さて本書は2021年8月の第2刷版、よって記載コンテンツはその時点での最新情報であろう、一方でじっさいには二次電池にかかる技術開発が刻一刻と進行しつつまた変容し続けている処、勘案し続けるべきであろう。
ともあれ、僕なりに了解しまた興味関心ひかれたところ、とくに本書章立てに拘ることなく抽出し、以下に要約する。
<電池の標準電極電位と起電力>
※大半は高校化学でたぶん学ぶ内容であろうが、復習がてらにちらっとまとめおく)
電池において、標準水素電極を負極と設定した上でこの電位を0Vと定義し、これに対する電位の+/-を以てさまざま金属原子ごとの「標準電極電位(V)」を設定。
じっさいのさまざまな電池にては、イオン化傾向が水素より大きな金属は陽イオンとなりやすく、この標準電極電位は-にあり、これが負極材に充てられる。
逆にイオン化傾向が水素より小さな金属は陰イオンとなりやすく、標準電極電位は+にあり、これが正極材に充てられる。
この上で、さまざまな電池の起電力(電圧)は、[正極金属の標準電極電位(V)-負極金属の標準電極電位(V)] として定義される。
たとえば、ダニエル電池の全体の反応式は;Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu
ここで負極Znの標準電極電位は -0.763V であり、正極Cuの標準電極電位は +0.337V なので、この電池の起電力(電圧)は +0.337 - (-0.763) =1.1(V) となる。
これら物質原子ごとの標準電極電位と電池の起電力(電圧)は、それら物質ごとに自由に取り出せる化学エネルギーからも理論的に導ける。
この自由取り出し可能エネルギーがギブズエネルギー。
とくに電池の場合には ギブズエネルギーを総じて電気エネルギーとみなしつつ、ここで自由に流れ出た電子モル数をn, ファラデー定数を96500C, 電子電位をE(V)とすれば、そのエネルギー量は -[96500 x n x E] J と総括出来る。
一方で、0℃1気圧の標準状態にて物質単体からイオンや分子1mol生成するにさいして生じるギブズエネルギーをそれぞれ物質ごとの標準生成ギブズエネルギー(J/mol)と称し、それぞれの物質単体での標準生成ギブズエネルギーを0(J/mol)と定めつつ、これらが文献によって物質ごとに画定されている。
あらためて、ダニエル電池の全体の反応式;Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cuにおいて、左辺Cu2+ の標準生成ギブズエネルギーは +65.49kJ/mol であり、また右辺Zn2+ の標準生成ギブズエネルギーは -147.1kJ/mol である。
この上で、このダニエル電池における化学反応にてじっさいに取り出される反応ギブズエネルギーは、-65.49 -147.1 = 212.59(kJ/mol) となる。
この値を、上の電気エネルギー式に代入すると、-212590 = -96500 x 2(mol) x E から、E=1.1(V) となり、標準電極電位に則った起電力(電圧)に合う。
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<放電と充電>
二次電池は放電と充電をともに繰り返し可能。
充電においては電極に対して外部から電圧をかけて電気分解を起こし、放電時とは逆に電池の負極側で還元反応、正極側で酸化反応が起こる。
なお、ダニエル電池への充電を図ると、負極の硫酸亜鉛溶液が電気分解され、亜鉛版に亜鉛が析出付着するが、水から電離した水素イオンも亜鉛板で電子で結合し水素ガスとなる。
ここで、亜鉛の方が水素よりイオン化傾向が大きいため水素ガスがヨリ多く発生することになり、電池の膨張破損へ。
よってダニエル電池では充電は(不可能ではないが)危険であり、二次電池には適していない。
さらに、マンガン乾電池やアルカリマンガン乾電池で充電を図る場合も、溶液の電気分解進行が物質のイオン化傾向と相まって有毒ガスや爆発を起こしたりするので、これらも二次電池には適していない。
<充電方法>
業務/生活における活用において、二次電池の放電分を回復する充電は総じてサイクル充電といえる。
尤も、二次電池は一次電池よりも自己放電しやすく電気容量が減りやすいため、この欠点を克服するための充電方式がとられている。
或るサイクル充電によって二次電池の電気容量が回復しても、別回路から微弱電流を加え続ける構造をとっており、これがトリクル充電方式。
また自動車などでは発電機が常に二次電池に充電をしており、これがフロート充電方式。
充電力と速度。
スマホiPhone11 のリチウムイオン電池の場合、100Wで充電すると爆発するので、急速充電としても18W程度に抑えられており、30分で50%、60分で80%、120分で100%充電がふつう。
EVでは、普通充電器なら AC200V, 15A, 3kW にて約10時間でフル充電。
一方で急速充電器なら DC500V, 60A, 20kW にて約1時間で80%充電。
さらに大容量の急速充電器なら DC500V, 125A, 50kW にてわずか15~30分で80%充電。
「USB」はデータ転送規格であるが、また給電規格でもあり、データ転送速度と給電能力には直接の比例関係はない。
たとえば;
最大データ転送速度による規格;
USB2.0 は 480Mbps
USB3.2(GEN2) は 10Gbps
USB4(GEN3x2) は 40Gbps
これらのどの速度世代でも 給電規格は以下のとおり同じ;
USB BC の給電能力は 7.5W (この給電仕様はUSB4では採用されていない)
USB Type-C の給電能力は 7.5W か 15W
USB PD の給電能力は 最大100Wまで
ワイヤレスの給電→受電の'電流発生転送'方式.
トランスと同様に磁束による誘導電流を活かしたもの、コイルとコンデンサによる交流電流の磁界発振と共鳴を活かしたもの、双方の電極同士で高周波電流を転送するもの ─ などがあり、給電→受電の間隔が数cmまで可能。
さらに、電流をマイクロ波ないしレーザ光にて受発信するものもあり、これは給電→受電の間隔が数mであっても実現可能とされている。
(※ このマイクロ波やレーザ光での電流転送方式は宇宙太陽光システムなど巨大スケールでの開発も進められている)
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<主なリチウムイオン電池の仕様比較>
※以下において、 ’実用電池ベースとは電池の構成物質全体における意。なお活物質のみを計算対象とすれば理論ベース値となる。
※※ とくにコバルト酸リチウムイオン電池が主流ではある。
公称電圧; 電池使用時の端子間電圧の目安 (V)
コバルト酸リチウムイオン電池: 3.7
マンガン酸リチウムイオン電池: 3.7
リン酸鉄リチウムイオン電池: 3.2
三元系(MMC系)リチウムイオン電池: 3.6
ニッケル系リチウムイオン電池: 3.6
およその重量エネルギー密度; 実用電池ベース (Wh/kg)
コバルト酸リチウムイオン電池: 150~240
マンガン酸リチウムイオン電池: 100~150
リン酸鉄リチウムイオン電池: 90~120
三元系(MMC系)リチウムイオン電池: 150~220
ニッケル系リチウムイオン電池: 200~260
正極活物質の組成と結晶構造
※ リチウムイオン離脱にともなう結晶構造の相移を克服するため、さまざま工夫されている
コバルト酸リチウムイオン電池: LiCoO2, 層状岩塩構造
マンガン酸リチウムイオン電池: LiMn2O4, スピネル構造
リン酸鉄リチウムイオン電池: LiFePO4, オリビン構造
三元系(MMC系)リチウムイオン電池: LiNixMnyCo2O2, 層状岩塩構造
ニッケル系リチウムイオン電池: LiNixCoyAl2O2, 層状岩塩構造
理論電気容量 (mAh/g)
コバルト酸リチウムイオン電池: 274
マンガン酸リチウムイオン電池: 148
リン酸鉄リチウムイオン電池: 170
三元系(MMC系)リチウムイオン電池: 280
ニッケル系リチウムイオン電池: 279
実容量 (mAh/g)
コバルト酸リチウムイオン電池: 148
マンガン酸リチウムイオン電池: 120
リン酸鉄リチウムイオン電池: 160
三元系(MMC系)リチウムイオン電池: 160~200
ニッケル系リチウムイオン電池: 199
放電から充電までの「サイクル」可能回数(サイクル寿命)
コバルト酸リチウムイオン電池: 500~1000
マンガン酸リチウムイオン電池: 300~700
リン酸鉄リチウムイオン電池: 1000~2000
三元系(MMC系)リチウムイオン電池: 1000~2000
ニッケル系リチウムイオン電池: 500
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<主な二次電池の仕様比較>
※ リチウムイオン電池との比較
公称電圧; 電池使用時の端子間電圧の目安 (V)
鉛蓄電池: 2.1
ニッケル・カドミウム電池: 1.2
ニッケル水素電池: 1.2
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 2.1
レドックスフロー電池: 1.15~1.55
リチウムイオン電池: 3.7
リチウムイオンポリマー二次電池: 3.7
出力密度(質量比) W/kg
鉛蓄電池: 180~200
ニッケル・カドミウム電池: 150~200
ニッケル水素電池:250~1000
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 100~200
レドックスフロー電池: 80~150
リチウムイオン電池: 250~400
リチウムイオンポリマー二次電池: 130~170
およその重量エネルギー密度; 実用電池ベース (Wh/kg)
鉛蓄電池: 30~40
ニッケル・カドミウム電池: 40~60
ニッケル水素電池: 50~120
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 100~170
レドックスフロー電池: 10~20
リチウムイオン電池: 100~250
リチウムイオンポリマー二次電池: 100~265
およその体積エネルギー密度; 実用電池ベース (Wh/L)
鉛蓄電池: 60~90
ニッケル・カドミウム電池: 50~180
ニッケル水素電池: 140~400
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 140~160
レドックスフロー電池: 10~25
リチウムイオン電池: 200~700
リチウムイオンポリマー二次電池: 250~750
比容量 (重量容量密度); 実用電池ベース (Ah/kg)
鉛蓄電池: 15~20
ニッケル・カドミウム電池: 35~50
ニッケル水素電池: 50~100
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 20~85
レドックスフロー電池: 8~20
リチウムイオン電池: 30~70
リチウムイオンポリマー二次電池: 35~80
充電効率(%) : 放電可能電気量(Ah)÷充電電気量(Ah)
鉛蓄電池: 70~92
ニッケル・カドミウム電池: 70~90
ニッケル水素電池: 85
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 89~92
レドックスフロー電池: 75~80
リチウムイオン電池: 80~90
リチウムイオンポリマー二次電池: 90~
放電から充電までの「サイクル」可能回数(サイクル寿命)
鉛蓄電池: 3000
ニッケル・カドミウム電池: 500~2000
ニッケル水素電池: 500~2000
ナトリウム硫黄(NAS)電池: 4500
レドックスフロー電池: 10000以下
リチウムイオン電池: 300~2000
リチウムイオンポリマー二次電池: 300~
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電気二重層キャパシタ(Electric Double Layer Capacitor)
※ 本ブログにおける前回の読書メモ(『トコトンやさしい二次電池…』)でも記したが、このキャパシタはじつに画期的なイノヴェーションに映るため、此度も引用する。
このキャパシタは、外部からの電圧印加によって、負極では電子がたまりつつ、電解質界面に陽イオンが引き寄せられ、活性炭に陽イオンが付着、こうして'二重層'が出来る。
一方で、正極では正孔がたまりつつ、電解質界面では陰イオンが引き寄せられ、活性炭に陰イオンが付着。
こうしてキャパシタに充電がなされる(定電流でなされていく。)
このキャパシタを回路接続すると、負極では電子が回路に流れつつ、活性炭の陽イオンは離脱して電解液中に拡散、そして正極でも正電荷が無くなるため陰イオンが離脱して電解液へ。
これが放電となる。
要するに、このキャパシタにおける充放電では電解質イオンの移動、吸着、離脱のみが起こり、化学物質そのものの変化をともなわないので、極めて高速での充電が可能、そして可能サイクル数は50万回~数百万回以上という。
(この点鑑みれば、化学電池というよりはむしろ物理電池と称することも出来る。)
このキャパシタはパワー密度で1000W/kgを超えるものもあり、リチウムイオン電池を凌駕しているともいえる。
しかし時間経過とともに直線的に電圧降下してしまう特性あり、重量エネルギー密度では10W/kgすら満たず、リチウムイオン電池さらに燃料電池と比すとはるか及ばない。
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<次世代 二次電池>
二次電池に期待される技術能力は、大容量充電、高速充電、高速放電(加速力)、サイクル寿命の伸長、運用上の安全性。
これら鑑みれば、リチウムイオン電池の性能は理論的な限界に近づいてきた。
一例として、リチウムイオン電池搭載のEVが1回の充電で走行可能な距離は350kmに達するが、ガソリンエンジンにおける1回の給油では500kmまで走行が可能、このように運用ベースで比較してみれば、リチウムイオン電池ではガソリンエンジンに対抗しきれない。
現行のリチウムイオン電池を超えうる次世代の二次電池として有望視されているものが、全個体リチウムイオン電池、リチウム硫黄電池、金属空気電池、ナトリウムイオン電池、多価イオン電池。
現行のリチウムイオン電池との比較。
リチウムイオン電池は、重量エネルギー密度(Wh/kg)が90~260、サイクル寿命が300~2000
全個体電池は、重量エネルギー密度(Wh/kg)が300~900、サイクル寿命が800~2000
リチウム硫黄電池は、重量エネルギー密度(Wh/kg)が300~700、サイクル寿命が100~400
リチウム空気電池は、重量エネルギー密度(Wh/kg)が500~1000、サイクル寿命が20~50
ナトリウムイオン電池は、重量エネルギー密度(Wh/kg)が100~180、サイクル寿命が800~3500
カリウムイオン電池は、重量エネルギー密度(Wh/kg)が200、サイクル寿命が400~
全個体電池とは電解質まで全て個体のみから構成されている電池であり、これによるリチウムイオン電池をとくに全個体リチウムイオン電池と称す。
ガラスセラミック素材の微小な結晶を’超イオン伝導体’として活かし、従来の電解液を上回るイオン電導性を実現。
リチウム硫黄電池は、作動電圧は2Vですみ、正極活物質の硫黄の理論容量は1675mAh/gにいたる(現行のリチウムイオン電池のコバルト酸リチウムでは274mAh/g)。
また電極素材が軽量であり、重量比でのリチウム蓄積量も多く、さらに硫黄材料が安価であることもメリットである。
尤も現行の仕様にては、化学反応途中で析出される多硫化リチウムが電解液に溶出されてしまい、これが無用な酸化反応を進めてしまうため電池の容量低下や充放電効率の低下をもたらしてしまう。
この克服のため、電解質やセパレータさまざまな改良が続けられている。
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……とりあえず以上。
あくまでもほんの一端ながら、僕なりにまとめてみた。
まだまだ二次電池にはわんさかとヴァリエーションがありヴァラエティもあり、さらに、大注目の電気二重層キャパシタを活かしたリチウムイオンキャパシタなどなども重要なイノヴェーションといえる。
ともあれ電池の技術開発の根幹はあくまでも化学と物理学、これらあってこその容量や重量効率や速度効率であり安全性、そしてそれらあってこその実運用上の妥当性がありエネルギーコスト論にまで至りうる。
※ とくに、これから高3に進級する諸君!この春休みはちょっと背伸びして二次電池について学んでみないか?
諸君らの想像をはるか超えた、深淵かつ複雑怪奇な物質世界とエネルギー世界が、いまかいまかと諸君らを待っている。
化学や物理学に対する諸君らの見方も変わり、ひいては世界像から未来像までもが変わりうる ─ かもしれないぞ、じつにワクワクするじゃないか!