2019/01/22

2019年センター試験についての所感

大学入試センター試験は此度を含めて残り2回だという。
だから、これまでに無い奇問珍問の類が多く出題され、来るべき「大学入試共通テスト」にさいしての参考データとされるのでは ─ とも期待していたが、ちょっと見ただけでは出題にて派手なバラつきは無かったようである。

そういえば物理学におけるひとつの大トピックとして、国際基本単位系(SI)の定義における昨年11月の大改正があった; 電気素量とアンペア、ボルツマン定数とケルビン、アボガドロ定数とモル、そして独自に定まったキログラムなどなどにつき、数理上は直裁的になった。
ここのところ、此度のセンター試験では特に反映されなかったようだが、国立二次などで理念ないし計算方式について出題されれば面白いのでは

一方では、半導体にかかる電子/電荷の基礎(ダイオード)がセンター試験で出題され、若干の話題をさらっているようだが、こちらは極めて汎用性の高い技術製品、まさに基礎教養のど真ん中であり、汎用的な教養に則るはずのセンター試験なれば、出題されて然るべきかと。

さて僕なりに毎年とりわけ注目してきたのが、政治経済と世界史である。以下に幾つかの出題と僕なりの所感を雑記しおく。

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【政治・経済】
<第1問>
問2.国連安保理における重要な議題は実質事項とされ、常任理事国による一致の原則によって表決されなければならない。なお、安保理の表決対象とすべきか否かを安保理自身が判断すべき議題もあり、それを手続事項とも称する。

問4.条約とは共通の事業利害に則った特定国間での利益追求の合意である。一方で、新国際経済秩序(NIEO)は主権平等、内政不干渉、公正の原則による資源ナショナリズムの機会保全をはかった共同宣言ゆえ、本性的に条約とはいえない。

問5.2013年頃からの国際的な原油価格の下落により、ロシア経済が大きく減速、また2014年のオリンピック以降にブラジルも経済低迷。両国とも工業分野のヴァリエーションが小さい。一方で中国も資源価格変動の影響は受けやすいが、共産党による指令のため工業や資産投資のヴァリエーションが大きく経済成長を持続してきた。

問9.量的緩和と政策金利の論理的(本質的)な違いは理解必須。

<第2問>
問4.預金総額=本源的預金÷支払準備率であり、本出題のケースでは2000万円/0.2により預金総額が1億円に達するので、ここから本源的預金2000万円を引いた預金増加分は8000万円となる。

問5.本問は通貨ごとの購買力平価を考えさせるもの。日米両国において、「部品材料と仕様と価格競争力と販売期間が全く同一のスマホ」が売られている、との前提に立ち、さて、この同一のスマホに対する日本円の(そして米ドルの)購買力は上がったか下がったかと問うている。
※ 通貨ごとの購買力平価は、英エコノミスト誌などがビッグマック指数などど冠して普遍させた経済学上の方便である。もちろん、実際の多国間ビジネスにおいては、工業製品であろうがビッグマックであろうが、完全に同一の部材と仕様のものが異なる通貨圏で並立的に販売されることは考え難く、もっと複合戦略的に部材や仕様をからめ合わせている。

<第3問>
問5.大日本帝国憲法に内閣および総理大臣の定義がおかれなかったのは、行政にかかる権限を段階的に分散させずに皇帝(日本なら天皇)に集中させたため。ビスマルク時代のプロイセン憲法に倣っている。

<第4問>
問6.比較生産費/比較優位説に則った出題で、難しくはない。そもそも比較優位という理論自体が奇妙なもので、例えば或る異なる2国にて、それぞれ奴隷同然の労働者が、自由な設備投資の機会も無く、単一の財貨の生産のみに従事している「場合」 ─ という極端に理念的な前提をおく。本問のリード文もそこを強意しているように察せられ、読んでいて吹き出してしまった。
※ さて、これで2国の製品生産量/それらの生産効率を比較し、両国間での国際分業メリットありやなしやと検討することに、実践的な意義があろうか?率先遂行する事業者がいるだろうか?事業者でなければいったい誰が?あるいは、戦争による併合を前提としているのか、植民地化か、はたまた共産主義≒グローバリズムか?考えれば考えるほど奇怪な理論ではなかろうか。

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【世界史A】
毎年もっとも楽しみにしている科目であるが、此度は出題リード文と設問のかかわりが読み取り難いもの(というよりリード文の意義が判然とせぬもの)が目立った。

<第1問>
問3.リード文では中国の国民政府による国民革命軍への「実力行使」がどうこうと語っている一方で、問3で論じられている「実力」はアメリカに対する「同時多発テロ」を指している。設問は易しいものの、出題の主旨が全く判らない。

問5.リード文では19世紀~20世紀の「東南アジア植民地を経営するオランダ」が挙げられているが、このオランダを、「かつてスペイン帝国から独立したネーデルラント連邦共和国」と同一視してよいものか?たとえばフランス革命~ナポレオンによる侵略により、ネーデルラントは共和国としてはいったん滅亡している。
※ ここまで掘り下げると屁理屈のように聞こえるかもしれぬが、本設問における「オランダ」はいったいどういう主権と政体の国地域を指すのか、曖昧に過ぎるのではないか。

問8.ココ=シャネルの出題についてはいろいろ話題となっているが、歴史科において彼女ほどの巨星を取り上げること、何の支障があろうか?或る英語リーダ教科書にても彼女の逸話が載っているほどだ。不遇に生まれ第二次大戦に翻弄された前半生にも拘わらず、女性たちの衣類を機能的に大改編し活動範囲を拡大させた彼女の功績は、ひとえに文化論には収まらぬとてつもないものである。

問9.これは大良問である。ここに呈されたグラフはドイツ、フランス、イギリスが大戦争に応じて人口あたりの軍人数をどれだけ増加させたかを一瞥させる ─ のみならず、海軍力にては最強だったはずのイギリスが3国のうちでは概して軍人比率が少ないこと、普仏戦争以降のフランスはずっと高留まりであることがすぐに見て取れる。
また、ドイツは軍人比率が急増しつつ急減もしており、これがドイツの失業対策(社会保障)にも関わっているかもしれぬこと、では、それぞれの国々の年齢構成はどうだったのか、などなど、じっくり眺めてみれば実にいろいろ考えさせられる。
時系列と実践と事件と因果…これらを複合的に考えさせてこそ世界史だ、だから本問におけるグラフはこれだけで幾つもの設問をからめてもよかった。

<第2問>
問2.石見銀山より産出の銀についての出題だが、これもかなり深淵な主題たりえる。
日本は平安~鎌倉時代にかけて銅の開発生産に消極的になり南宋から輸入するほどだったが、室町時代~戦国期に硫化銅からの精錬技術が向上して自前の銅生産量を増やした。また、石見銀山などにて銀の精錬も進み、こうして日本は貴金属における世界トップ保有国となる、が、江戸幕府による直営産業となって以降は銅も銀もさらに金までも外国から安値で買い叩かれ、以降は近現代まで日本はそれらに乏しいままである ─ といった歴史概括から、日本が銀輸出に余裕があった時期を想定すれば、本問もわかる。
※ そんなところまで知らねばならぬのか、とうんざりする受験生もいるかもしれぬが、そんなところまで知ってこその世界史Aなのだ。

問6.日本軍によるいわゆる「南方作戦」はマレー作戦からビルマ開放までで、その経緯を鑑みれば本問は難しくない。なお、ビルマのアウンサンは日本軍と共闘して英軍を追い出したが、そのご日本軍の退却にさいしてはむしろ抗日へ ─ とはいえ、植民地の独立までの経路にてはさまざまな利害対立による紆余曲折が起こるものゆえ、単純な是非論を以て解釈すべきではない。

<第3問>
食材の原産国と交易についての出題であり、大良問である。本問で挙げられるパン、ワイン、オリーヴ、クローブ、ナツメヤシ、お茶類の他にも、琥珀、沈香、ピメント、トウガラシ、トウモロコシ、サトウキビ、毛皮、象牙、そして金や銀などなどは、主要な原産国と交易ルートについては世界史Aはむろん世界史Bの教科書にてもところどころ記載あり。
これら特産物の交易こそが ─ さまざまな文明における地理条件、気象条件や潮流、灌漑や干拓、農業作付と技術、鉱工業技術、商取引、戦争、植民地、経済政策さらに国家観までを縦横に連環させてきたと知ること、そしてこんごの未来像を演繹することが歴史学習の重大な意義である。
※ 以上を踏まえてみれば、「じっさいにはマダガスカル産のお茶だって有ったはずだ!」などという論理的な仮想は高校までの歴史学習の主旨には合致しない。

<第4問>
リード文では新疆ウイグル地域における東トルキスタン共和国の自治独立について紹介されており、ソ連と中華民国そして中華人民共和国の利害に翻弄され迷走しそして潰えた悲劇性が掲げられている。トルキスタン(西と東)は世界史における最重要地域のひとつ、民族が流動的であり捉えにくい広大な地域ではあるが、このうち新疆ウイグル地域については露清のイリ条約あたりから連想出来た受験生も多かったのではないか。

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【世界史B】
こちらも出題リード文と設問の関わりについて(例年以上に)不明瞭である。無礼承知で申せば、今回はとくに雑問が多すぎる!せっかく読みごたえのあるリード文が幾つも掲げられているのだから、それらから複合的かつ深淵に熟慮させる設問群を準備して欲しかった。

<第3問>
問3.イギリスの輸入相手国であったドイツとカナダ、それぞれからの輸入額の推移グラフ。ロカルノ条約以降の対独宥和以降、英連邦経済会議までの期間、イギリスではドイツからの輸入額がカナダからの輸入額を大幅に超えていたと分かる。ただ、カナダをからめた出題なのだから、ウェストミンスター憲章についても問われて然るべきだったのではないか。
いや、それよりももっと残念なことに、このグラフは「輸入額ベース」にすぎず、「輸入品目」が明示されていない。ドイツから何を輸入し、またカナダからは何を、それは天然資源かエネルギー源か鋼材だったのか…ここまでふまえてこそブロック経済の功罪論に至りえよう。どうも未消化感の残る出題であった。

問6.カピチュレーション特権について、これはもちろんオスマン帝国域内における西欧各国の商人へ付与された事業特権である、が、ふつうに帝国と諸商人とのビジネス関係を考えるならば、帝国側にも同等の事業特権を与えられたムスリム商人や行政官僚が存在していたのではないか(中国史における特権商人や公司のごとく) 
─ とすれば選択肢の2も正解になりますね。いや、ちょっと考えてみただけですよ。

問7.サンティアゴ=デ=コンポステラは資料集によっては掲載されており、数年前の早稲田政経だか商だかにも出題されていたし、もうちょっと前のセンター試験にも出題されていたような。彼の大陸間周遊の経路はなかなか楽しい。

<第4問>
問3.いわゆる「全権委任法」は、ヴァイマル共和国憲法を超越した立法権をナチス党の政権に認めた法制度。とはいえ、この用語自体はあまりに抽象的であり、同義の用語が世界史さまざまな国や地域において数多く存在してもおかしくない。とりあえず大学入試まではここでの「全権委任法」ということで了解しておこう。


以上