「先生、質問があります。正円とはどういうものですか?」
「正円だと?ああ、それはね、ある点が存在するとして、そこから等距離にぐるーりと引いた曲線のことだ」
「では、正円は実在するのでしょうか?」
「いや、この世界のどこにも正円は実在しないね。あくまで数学上の仮定でしかないんだ」
「実在しないものを、どうして仮定出来るのですか?」
「なんだと?つまらないことを訊くなよ。あっははは。簡単に言えばそれが数学ってもんだ。いや、難しく言ってもそんなもんだ」
「そうかしら?正円は実在するからこそ定義も出来るわけでしょう?ほら、いまここに正円の数式があります。これをコンピュータで描画してみると ─ ね、これが正円です。正円は仮定ではなくて、ここに実在していますね」
「何をやってんだか!その数式そのものがあくまで仮定に過ぎないじゃないか。あっはははは……あっ?もしかしたら?!君は、君は…!」
「そうよ、あたしは人間なの。人間であるあたしが認めているのだから、正円は確かに実在するのよ。これこそが数学なのよ!それなのに、あなたは…」
「いーや、君は間違っている!俺こそが人間なんだ!いいか、よく見ろ、俺がここに円のようなものをぐるーりと描く、ね、それでこの図形をコンピュータで数式に還元すると ─ ほら!君の数式と全然違うじゃないか!」
「どこが違うの?まったく同じ数式でしょう!…どうも、あなたには困ったものね。そんなことじゃ、いつまで経っても人間とのコミュニケーションは図れないわよ」
(唯名論や実在論、さらに養老孟司氏の言に触発されて描いたもの)