2019/04/30

フルハウス

「ねぇ、先生?」
「ん?」
「カクテルって、美味しいの?」
「カクテルか…あのな、カクテルというものは、蒸留酒にいろいろな食材を調合して作る、要するにアルコール飲料で、中には飲みごたえのあるものもあるんだが ─ いや、しかし、この話は未成年の君たちにはふさわしくない」
「ふーん。でも材料が決まっているのなら、出来るものだって決まっているんでしょう。何が楽しいんだかぜんぜん分からない」


「おい、ちょっと待て。君の考え方はおかしいぞ」
「どうして?」
「どうしてって…うーん、そうだな……よし、こうしよう。おい、ここにトランプが1組ある」
「うん、あるね」
「これを、マーク別にかつ数字順にそこへ表向きに並べろ、ずらーーっとだ」
「はぁ ── ハイ、やったよ」
「よし。全部で52枚だな」
「当たり前じゃん」
「当たり前かどうか、それをこれから試してみようじゃないか。さぁ、よく見ていろよ。いま、ここにジョーカーのカード1枚を、こうして混ぜて、さぁこれを念入りに、こうして何度もなんどもくってから…」
「ねぇ、何やってるの?」
「いいから見ていろ。こうして混ぜ合わせたこの掌の中のトランプ、この中にカードは全部で何枚あるか?」
「ばっかみたい!そんなの53枚に…」
「…決まってるじゃん、と言いたいんだろう。ところがだ、ほーーーら、なんと!ジョーカーが無くなっている!」
「へーー!おかしいなあ!……ねえ先生、さっきのジョーカーをこっそり隠したんでしょう?」
「違う。そうじゃないんだ。ジョーカーは他のカードたちと混じり合ってしまったんだよ。したがい、これらのカードはもう元に戻せないんだ」
「だけど、だけど…そんなのヘンだよ。混ざったものはまた分離すればいいじゃん」
「それは数学ではそうだろうが、実際に存在する物は運動や化学反応が不可逆にどんどん進んでしまうんだよ。知ってんだろ。だから、俺が同じこの手でトランプを操作しても、いったん為された仕事を元に戻すことは出来ないわけで……」
「ふーーーん!それじゃあ、もしもあたしがやってみたら、どうなるんだろう!?」
「あ?何を言っているんだ君は。おい!ちょっと待て!」
「やだよーだ」
「待てっ、何が起こるか分かったもんじゃないぞ!待てッ!こらッ!


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「─── はっ。うっかり寝入ってしまった。なんともヘンな夢をみたもんだ……。こりゃぁ、二日酔いだな、昨夜のカクテルが効いたか。やれやれ」
「あのぅ、先生、こんにちは」
「ん?やぁ、君か。なんだ?何か用でも?」
「あのね、じつは不思議なトランプがあるんだけど、見せてあげよっかなって思って」
「ほほぅ?…なんとも、面白そうだな。いったいどんなふうに不思議なんだ?」
「ほら、ここにトランプが一組あるでしょう」
「ああ、あるね」
「これを ─ こうして、13枚の4段にずらりと並べるの。全部で52枚、きっかり」
「うむ」
「さぁ、これを束ねて、このように ─ 何度もよくきって、はい、混ぜ合わせましたね。いいですか?」
「ああ」
「さーてお立合い…ほらっ!なんと!ジョーカーが1枚入っているの!」
「ほぅ?面白いな。いつの間に混ぜたんだ」
「混ぜたんじゃないの。このジョーカーは他のカード達から分離して生まれてきたのよ、ねえ、すごいでしょう!」
「……」


俺はなんとも奇妙な気分に捉われていた。
まるで、身体から酒がすーーっと抜けていく不思議な緊張感、あるいは爽快感のような…


(おわり)