2026/09/30

Think Big (10)

前回までに続き、さらに似たような思いつきの雑記群。
どこまでも思いつきゆえ、根拠から演繹までに完結性などさして図ってはおらず、むしろあれこれバラしたりひっくり返したりだ。


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・膨張し続けているこの宇宙のどこかに、'永遠不変の完全な球体’が在りうるだろうか?
在りえぬとすれば、『なぜ』我々は'球対称'モデルを想定し、場や重力などを距離のみから算出しちゃうのだろうか?
あるいは逆に、そういう球体が実在し、体積のみ変化と見做し、だから球対称モデルは当たり前だと?
宇宙/地球の磁場が常に変動しているとして、永遠不変に直線の導線と電流が’ありうる’だろうか?



・或る質点の運動方程式 F [N] =ma を、位置ベクトル(r)込みと見做す。
一方で、或る荷電質点qと電場ベクトルE(r)の静電力を運動方程式として表現すると
F(r) [N] = q [C] x E(r) [N/C]
こうして並べると数学上の転用は易しい。
学生が悩むのは、物理量単位[N], [C], [N/C] が方程式を成す理由であり、次元(感覚)の異なる量同士を掛け合わせているところ
─ いやむしろ連綿とした量を「それらに」微分案分して粒子の根元まで砕いているところ
じゃないかしら。


磁束密度 : B[T]
導線長 : l[m]
この磁界にて
電流 : I[A]
ここで電流と磁界が角sinθ を成すとき、 起こる力F [N]は、
F[N] = I[A] x l[m] x B[T] sinθ
ひっくるめれば易しい関係式だが、問題はここでの積算'x'の意味でしょうね。 
これは異次元の巡り合わせではなく、むしろ力の内訳を示しており、発見ではなく検証であり
、これが物理の本性じゃないかなと今さらながらクスクス笑いが湧いてくるのであった。



±電荷、電場ベクトル、電流、入力電圧、出力電力、電磁誘導、さらに核融合まで… これらの特性について;
偶発か必然か、一瞬か反復か、デジタルかアナログか、受動か能動か、有限か無限かを再認識してゆけば;
自然現象あるいは工業製品のかなりの部分が腑におちるのではないか。核融合の基本だっておそるるに足らずだ。
個々の物理理論を数学的/演繹的に導くよりも、まずは系と意義を知りたい。
こういうところ、教師のセンスや力量が大きく問われよう。



・従来型コンピュータと比べ、量子コンピュータは演算素子にて遥かに微細な電圧制御が必要だと。
そこいらのコンデンサを多用するわけにはいかぬと。
また、アルミニウムなどエネルギー密度の高い電池や、電気二重層などが期待され…


・リチウムとアルミニウム、電気化学上のエネルギー密度(容量)。
重量エネルギー密度では、リチウムが3,860 mAh/g、アルミニウムが2,980 mAh/g 。
ところが体積エネルギー密度では、リチウムが2,061 mAh/cm³ 、アルミニウムが10,600 mAh/cm³ 。
アルミニウムにあらためて着目すべきじゃないかな。



・ニュートン~マクスウェル~アインシュタインまで、運動エネルギー(と質量)の基本方程式を普遍としており、だから電磁波の速度を一定と’見做す’のは当たり前。
ただし「時間」はもともと各人ばらついた示強感覚であり、ニュートン以降になぜ客観統一と見做すようになったのか妙ではある。

もともと「時間」は各人の主観的な示強量に過ぎぬと。
しかし光速での相対性理論に絡めれば、「時間距離」を設定できると。
また量子論にて、粒子の運動とエネルギーをプランク定数などでつなげれば、距離と質量と「時間」が直接換算可能と。
かくて「時間」はどんどん客観化が進み、人間離れも進み、カネとタッグを組んで、人間をギリギリといたぶり続け…


・あらゆる物質粒子はそれぞれ作用/反作用を続けつつ、保存則にのっとり、宇宙全体で繋がり合っていると。
ところがここにカネと人間を介在させると、生産と言い消費と言い、供給と言い需要と言い、自由だの競争だの統制だのと言い、黒字と言い赤字とも言い…



・AI/SIは、或る物体の実在(運動)と、その概念と、その情報について、きっちりと峻別が出来るのだろうか?
何らかの需要とカネと供給を、峻別出来るのだろうか?
何らかの誤解と夢と冗談とデタラメを峻別出来るのだろうか?


・AI/SIは、いわゆる天国と地獄に一線を引くことが出来るのだろうか。
もし出来ないとすると、いわゆる一神教の文明圏ではいずれ忌避されるのもやむなしか。
逆の例示だが、AI/SIは万能細胞を許容するのだろうか。
もしそうなら、やはり一神教の圏内では忌避されるんじゃないかな。



・さまざまな人間に、多かれ少なかれ’超能力’が備わっている
─ として、これら超能力に対して’宇宙AI’がハッキングを為し続けると、どういうことになっちゃうのかな。
とりあえず数学は堅持されるのかな。
…このくらいのこと思いつかないのかねSF作家は。


・或る人間の脳神経を流れる微細な電圧の電流。
これを逆流させたら、その人間の記憶量は減少しうるだろうか。
記憶とはそもそも何か ─ 物質か、論理か、複合情報か?
こういうのを理系の難問というのだよ、たぶん。
医学部志望あるいは在籍の学生にとっては、或いはアホ問かもしれないけれども。
いや、ロボット技術もAIもひっくるめて、やっぱり超重大な難問だろう…!



・「海水や地表の温度上昇によって」空気分子の相対密度が下がって上昇気流を成し、体積が膨張し温度が下がり、水蒸気を凝結させ…
一応は分かるが、ここでボイルシャルル法則からエルニーニョまでを混ぜこぜに説かれると、空気分子の運動エネルギーはどうかなど却って混乱する。
教師の知性が問われるところだ。
未成年学生は個々の命題をバラバラにしか理解できないからだ。



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・野球の投手が球を投げる瞬間、その球の位置エネルギーは最大で、エントロピーは最小。
その球がホームベースを通過して審判がストライク/ボールを冠すると、その球の位置エネルギーは最小化、エントロピーは最大化。
いまやこの球は物質ではなくただの’情報’でしかない。
こればっかし続けるとデフレになるのでは?



・人間はどんな財貨サービスでもいつか必ず飽きてしまい、値崩れを導く。
あるいは通貨そのものに執着すれば、とりあえずは生き延びられるが、これとていずれ値崩れを起こす。
サボっていれば、いずれはあらゆるものの値崩れと景気縮小に至る。
それがイヤだから、先進国は新規の産品と製品を開発続けている。


・通貨インフレが進むと人類は強欲と暴力によって滅亡すると。
ならば我々の日々の通貨決済ひとつひとつは滅亡を孕んでいることに?
くだらないこと言ってないで、税率を下げ、通貨量をバンバン増やして流動させりゃいいんだ。
たかが価値の表象にすぎないじゃないか。
幾らでも移ろい変わりうるんだ。



・賢い国は、税率や為替相場が変わろうともさして困ることなく、手を変え品を変えつつ豊かで健康であり続ける。
バカとワルの国は、税率や為替相場が変わるたびに、感染症と飢餓と戦争が増え、多くが死ぬ。
カネは過去と現在の清算であって、未来の創造ではない。
たぶん。


・米中は歴史戦などさして考えていない。
規模の論理を活かしつつ、アメリカと中国は「お互いに」、食料や石油やレアアース製品などを寡占的に安く大量に買い占める。
彼ら以外には有力なライバルがほとんどいないので、あれこれ寡占が好き放題か。
これらを高く高く売りつけられるのが、日本などではないかな。
そのうちに武器もこうなるような気が。



・「デジタル化」は、さまざまな物質/エネルギーの実体を数値化し、電磁情報化する技術。
だから媒体や導線を超えてそれらの複製や転送に長けるが、’削除’のリスクも増す。
削除が増えると、何がホンモノで何がニセモノか判定が難しくなるのではないか。
これこそが現代の最大のリスクではないかと考えている。



・「法の支配」と「法による支配」。
学生を悩ませるのは、「万民間にて唯一絶対の法(laws)」が在りうるか否かではない。
科学や数学はともかくも人間利害にてこんなもの在るわけがない。
難解なのはむしろ「支配(rules)」の意味でしょうね。
「制御」か或いは「普遍」か。
裁判所はどっちを採っているのか…?



・子供の教育において、「個性」だの「自由」だの「選択」だのを説き続けるのはおかしい。
もともと子供たち一人ひとりは、おのれの身体や頭脳の「個性」を畏怖しており、だから一人では眠れない。
だからこそ「画一的な」数学や言語やスポーツを求め、無理してでも学校に通う。
邪魔しちゃいけませんよ。


・「なぜ女性は三段論法が苦手なのか。」
もし女性が三段論法が得意ならば、背理法も得意なはずである。
しかし女性は背理法が苦手だ。
ゆえに女性は三段論法が苦手だといえる。
いや、背理法は苦手だが三段論法は得意な女性だっている。
…世の論争の多くはこんな程度だ。
女子諸君は自信をもって欲しい。


・欧米人が理系文系ともに発信が旺盛な理由は、子供のころからガチンガチンの確定的な語法や命題群(バイブルなど)を叩き込まれ、それらを活かして意思表示するからでしょうね。
日本人は特定の命題群の神を置かず、いちいち一から思案するため、発信が遅く、それで愚鈍に映る。



・大学入試までの知識命題は「量」次第であり、量ゆえに上限があり、だから大小を以て学力の序列とみなす。
共テでも明らかなとおり、入試問題ではネタ切れになると分量をドカドカ増やしている。
量の調整ばかりで、質的変換がほぼ無い ─ とすれば’民主的’ともいえるが、ここでおこる序列化は閉鎖的でもある。
そもそも、為替相場も株式市場も選挙区選挙も多数決議会も本性的に同じではないかな。




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(まだ続きがある、かもしれない。)