「情報」 ─ これである。
なんらかの電磁場における、なんらかの電磁波を以て、「情報」と称す。
だから情報とはなんらかの物質の運動であり、ハードウェアのはずである。
しかしまた、人間の数理に則ったなんらかの信号秩序を以て、やはり「情報」と称す。
ならば情報とはアルゴリズムでありソフトウェアであろう。
さぁ、ここからだ。
「CPUやメモリや導線や磁気ディスクなどのハードウェアデバイスと、特定のアルゴリズムに準じているソフトウェアプログラムは、いったいどうして過不足なく同期を採り、うまく収まっているのか?
コンピュータやロボットについてド素人なりに考えるにあたり、どうしても突き当たってしまう疑問であろう。
僕自身じっさいのところ、就職ことはじめの時節における実務経験のうちから湧き上がってきた疑問であった。
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もとより文系の学部卒で東芝に入っちゃった僕であり、しかも大学時代から情報や数理について体系立った教育を全く受けておらなかった。
それでいて入社当初はシステムエンジニアたちが詰める職場であった。
僕自身はエンジニアではなかったので、ハードとソフトの領分や収まりについて仔細をスタディするつもりは無かったし、もとよりそれらを探求する動機も無かった。
しかも、僕自身は職場でとくに嫌われている風ではなかったものの、どことなーく面倒がられている節はあったので、総じて控え目に日々を送っていた。
それでも時折、このハードウェア/ソフトウェア/秩序情報のウヤムヤについて、職場の先輩や同僚に尋ねてみれば、ハード/ソフトはどっちも同じものだとのニュアンスが返ってくる。
ベン図やフローチャートやブラックボックスなどをサラサラっと描いて、ほらこのとおり、だと。
もとより彼らはどことなく数学マニア然としたところがあり、じっさいそうだったかもしれず、ゆえに論理は綺麗だが実体像は却って不明瞭に聞こえてしまうのだった。
それじゃあ「秩序情報」は物質なのか数理なのか、どっちなんだよと、僕は却ってわけが分からなくなったのである。
(数学通がなーんとなく嫌いになってしまったきっかけともなった。)
この純朴な問いがふっと氷塊したのは、入社1年目の秋ごろのこと、徹夜の仕事の合間に同僚ともども入店した本社近郊のラーメン屋でのひとときだった。
其処でラーメンをすすりつつ、さまざまなバカ話に興じながらゲラゲラ哄笑を繰り返していたさい、何かの拍子でとつぜん閃いたのである。
もともとハードとソフトは分かれておらず一体だったのだと、これらが職能や資源や市場や利益の諸事情から分業し、これらを後智慧でハードと具象化し一方ではソフトと抽象化し、ひっくるめて情報処理デバイスだの情報技術だのと表現しているのだと。
それまで研修等ではチューリングマシンだのノイマン型マシンだのを聞かされてはいたが、ざーっと聞き流していたこれらの意味(というより意義)が、とつぜん納得出来ちゃったである。
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さて、話はまだまだ続くんだ。
しばらくしてから、僕は海外法人向けの営業部門に異動となった。
この異動の顛末をざっと思い起こせば、おまえはエンジニア部隊にはうまく収まらないので他所へ行け、価格競争の勘はともかくも契約法務のような仕事なら務まるだろうよ、といった理屈であった。
どうも体よく追っ払われた感は拭えないものの、じっさいに海外営業部門に異動してみれば、我ながら契約や法務まわりの勘は元々備わっていたのだと自覚することにはなり、ここのところ見抜いてくれていたかつての上長たちには一応は感謝している(ことにしておく)。
さて、この新天地で海外法人向けに取り扱った放送機器こそが、僕自身の「ハード/ソフトと秩序情報」についての了察に新たな刺激を、いやむしろ不明瞭勘を、加味したのである。
きっかけは放送機器そのものではなく、むしろ送信機が実装しているパワーMOSFETであった。
パワーMOSFETは、電機システム~コンピュータまわりをかじった人であればたちまちピンとくるであろう汎用デバイスだ。
皮相電力(熱低減)と動作周波数における優れた物理特性を以て、電流と電圧のスイッチングを高速に制御する、あれだ。
なるほど、或る程度以上の高速かつ精密な電磁波/電磁場まわり、電圧の整流~信号処理を要する機器であれば、パワーMOSFETが実装されている意義は一応は分かる。
オーディオアンプ機器などから連想するのも容易い。
そして我が放送機器とくに送信系の機器にては、実装されたパワーMOSFETまわりこそが他社との競合上の主要仕様とされていた。
しかしだよ。
放送機器とくに送信系にては、電圧→電波の精密な整流制御のみならず、その電波の大増幅→大出力もまた求められるはず。
一方で、MOSFETつまり半導体素子はあくまでもミクロ世界ギリギリ、精密かつ高速の(だから省電力にて)整流制御が追求される、あくまでも精緻な「ソフトウェアプログラムの高速実行にこそ呼応したデバイスではないかと。
…そう捉えてみると、我がパワーMOSFETと電波大増幅がどうにも直観的に両立出来ないのでる。
このウヤムヤ感につき、職場の営業連中が説くところでは、パワーMOSFETこそが我が放送機器の売りなんだからそれでいいじゃないかとのこと。
それではと工場の設計担当に訊いてみれば、あのなあ電圧の整流と電磁波の増幅はまとめて技術系たりうるんだ、だからもっと巨大な出力実現の半導体素子がでっかいシステムに実装されているんだ、幾らでも在るんだよと嘲笑されるのだった。
そんなことは分かってますよ、オーディオアンプのようなものでしょうと言い返すと、いーや君は物理ってものを分かってないよバーカと
ともあれ世界各国の放送局向けに、入札であれ随意契約であれ、送信機など放送関連機器を拡販続けたのだった。
顛末をこんなブログで晒すわけにはいかぬが、海外あちこちの主要放送局や関係代理店、さらに三井物産や丸紅、そして乙仲事業者や保険屋などと、技術仕様の聞き込みから荷為替手形決済さらにカネの差配までさまざま協業した。
おかげで、さまざま事業者の技術嗜好はもとより、利害も根性もいろいろ伺い知ることが出来た。
だから、少なくともバカにはならなかった。
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そのうちに、また異動となった。
ははははは。
(さらに、電子商取引デバイス、真偽検出機器、暗号技術などなど、「秩序情報」の在りようを巡る思索は続く。)